――そうして、愛美の高校最後の夏はさいたま市の牧村家で終わりを迎え、さやかと二人で〈双葉寮〉へ帰ってきた。
 
 この夏は海外旅行へ行かず、国内でファッション誌のモデルオーディションを受けまくっていた珠莉が先に寮へ帰ってきていて、部屋の勉強ペースで二人を出迎えてくれた。

「愛美さん、さやかさん、おかえりなさい」

「ただいま、珠莉ちゃん」

「ただいまー、珠莉。オーディションおつかれさま! お兄ちゃんとはどう?」

「おかげさまで、交際は順調よ。そして、なんと私、ついに有名ファッション誌の専属モデルに決まりましたのー!」

「えっ、ホント!? おめでとう、珠莉ちゃん!」

 自分だけでなく、珠莉もとうとう夢を叶えたことが愛美は嬉しかった。応援していた甲斐があったというものだ。

「ありがとう、愛美さん。あなたと純也叔父さまのおかげよ。お父さまとお母さまも、叔父さまが説得して下さったおかげで私の夢を応援して下さるようになったの。でも、将来的には私に後継者になってほしいというのが本音みたい。そのために、私は経営学部に進むことに決めたのよ」

「そっか。……あ、ところで珠莉ちゃん。昨日ね、純也さんからわたしにこんなメッセージが来てたんだけど」

 愛美は床に荷物をドサリと下ろし、スマホのメッセージアプリの画面を開いて珠莉に見せる。


『愛美ちゃん、ごめん! 俺もこの夏は千藤農園に行けなくなった。
 大学時代の友達から一緒にオーストラリア旅行に行こうって誘われて。
 愛美ちゃんは埼玉で楽しく過ごしなよ。淋しい思いをさせてごめん。』


「……珠莉ちゃん、わたしがさやかちゃんのお家に行ってたこと、純也さんに教えた?」

 珠莉はさやかから、そのことをメッセージで伝えられていたのだ。彼が知っていた理由は、珠莉から聞いたとしか思えない。

「ええ、お伝えしたわよ。……あら、いけなかった?」

「ううん。……実はね、わたし、まだ純也さんと仲直りできてないの。だから、これで仲直りのキッカケができたと思う。ありがとね、珠莉ちゃん」

「あら、まだケンカ中だったの?」

 意外そうに眼を見開いた珠莉に、愛美は肩をすくめながら答える。

「うん、そうなんだよね……。千藤農園に行ってたら仲直りできてたかもしれないのに、それをすっぽかしてさやかちゃんのお家に行っちゃったもんだから、仲直りのチャンスを掴み損ねちゃって。でも、純也さんもこの夏は農園に行かなかったって。わたしがいなかったからかな」

 もしかしたら、愛美が「千藤農園に行かない」と手紙を出したから彼も行くのをやめて友人の誘いに乗ったのかな、と彼女は思った。

「そうかもしれないわね。叔父さまもきっと意固地になってらっしゃったのよ。きっと今ごろ、あなたとケンカになってしまったことを後悔していらしてよ。もしかしたら、コアラでもご覧になりながら愛美さんのことを考えてらっしゃるかもしれないわね」

「コアラ……、ぷくく……っ」

 その光景を想像した愛美は、思わず吹き出した。

「ダメだよー、愛美。笑っちゃ」

「そういうさやかちゃんだって笑ってるじゃない」

 あれだけ悩んでいたというのに、この親友二人のおかげで愛美の悩みなんてちっぽけなものに思えてきてしまうから不思議だ。

「……よしっ! 二人とも、励ましてくれてありがとね。おかげでわたし、なんかスッキリした。さっそく純也さんにメッセージ送ってみるよ」

 まずは彼に「ごめんなさい」と謝らなければ、と愛美は決意した。でも電話にしないのは、彼がもしかしたらまだオーストラリアにいるかもしれないので、時差のことを考えたからだった。
 その点、メッセージなら彼の気づいたタイミングで見てもらえるし、既読がつけば見てくれたことがすぐに分かる。それだけでも安心材料になると思ったからだ。

「そうだね、あたしもそれがいいと思うな」

「私もそう思うわ。仲直りは早いに越したことはないもの」

「うん、そうだよね」

 というわけで、愛美はさっそく純也さんにメッセージを送信した。


『純也さん、わたし、ついさっき寮に帰ってきました。
 夏は意固地な態度取っちゃってごめんなさい。わたしもちょっと大人げなかったかな、って反省してます。
 純也さんは今、まだオーストラリアですか? このメッセージに気づいたら、また連絡下さい』


「…………なんか、久しぶりだからめちゃめちゃ他人行儀な文体になっちゃった。――あ」

 自分で書き込んだ内容に苦笑いしていると、メッセージにすぐ既読マークがついた。

「既読ついた。すぐに気づいてもらえたみたい」

「えっ、マジ? ……あ、ホントだ」

「よかったわね、愛美さん。オーストラリアとだったら時差が一時間しかないから、きっとすぐに純也叔父さまから連絡が来るわよ」

 ……と珠莉が言い終わらないうちに、電話がかかってきた。発信元は純也さんの携帯だ。

「……はい。純也さん?」

『愛美ちゃん、久しぶりだね。メッセージ見たよ』

「うん……」

 本当は彼に言いたいことがいっぱいあるのに、彼の声を聞いただけで愛美の胸はいっぱいになった。