(あ……、しまった! いきなりコレは馴れ馴れしすぎたかな)
愛美は初対面の彼を〝純也さん〟と呼んでしまい、ちょっと反省してしまった。今までこの年代の男性とはほとんど接点がなかったため、距離感がうまくつかめないのだ。
……けれど。
「ありがとう、愛美ちゃん。行こうか」
純也に不快そうな様子はなく、彼の笑顔が崩れることもなかったので、愛美はホッとした。
純也と二人、応接室を出た愛美は彼を案内して歩きながら、彼と話をしていた。
「――あれが体育館で、あの建物が図書館です。で、あの大きな建物は大学の付属病院で、その先は大学の敷地になります」
「へえ、大学はまた別の敷地なんだね。じゃあ、学生寮も高校とは別?」
「はい。だから、進学したら寮も引っ越すことになるそうです」
もう入学して一ヶ月以上が経過しているので、愛美も学園内の建物の配置はほぼ頭に入っている。
「――ところで、純也さんってすごく背がお高いんですね。何センチくらいあるんですか?」
まず彼女が訊ねたのは、彼の身長のこと。
応接室のソファーに腰かけていた時の座高も高かったけれど、こうして並んで歩いていると四十センチはありそうな彼との身長差に愛美は驚いたのだ。
「百九十センチかな。ウチの家系はみんな背が高くなる血筋みたいでね」
「ああ、分かります。珠莉ちゃんも背が高いですもんね」
ちなみに、珠莉の身長は百六十三センチらしい。
「わたしは百五十しかなくて。だから珠莉ちゃんが羨ましいです」
愛美はよく、「小さくて可愛い」と言われるけれど。本人はあまり嬉しくない。「せめてあと五センチはほしい」と思っているのだ。
「まだ成長途上だろう? これからまだ伸びるんじゃないかな。だから気にすることないと思うけどな、僕は」
「はい……。そうですよね」
「ご両親も小柄な人だったの?」
「さあ……。わたし、施設で育ったんです。両親はわたしがまだ物心つく前に亡くなったらしくて」
「そっか……。何だか悪いこと聞いちゃったみたいだね。申し訳ない」
「いえ! そんなことないです。わたしが育った施設はいいところでしたから」
純也に謝られ、その口調から同情が感じられなかったので、愛美は笑顔でそうフォローした。
そしてこう続ける。
「その施設を援助して下さってる理事のお一人が、わたしが中学の宿題で書いた作文を気に入って下さって。その方のおかげでこの学校に入れたんです、わたし。小説家になるっていう夢も応援して下さってるみたいで」
「小説家を目指してるの?」
「はい。幼い頃からの夢なんです。わたしが書いた小説を一人でも多くの人に読んでもらって、『面白い』って感じてもらえたら、と思って。――あ、すみません! つまらないですよね、こんな話」
つい熱く自分の夢を語ってしまった愛美は、ハッと我に返った。
(からかわれるかな、コレは……)
もしくは呆れられるだろうか? 「そんな夢みたいなこと言ってないで、現実を見た方がいい」とか。
――ところが。彼の反応は愛美のどちらの予想とも違っていた。
「いや、ステキな夢だね。僕も読書が好きだから、君の夢が叶う日が楽しみだよ」
(え……?)
いかにも現実的そうな珠莉の叔父なのに、純也も自分の夢を応援してくれるらしい。――愛美の胸が温かくなった。
「はい! ありがとうございます!」
(やっぱりこの人、珠莉ちゃんと似てないな)
「純也さん、次はどこがご覧になりたいですか?」
愛美は彼と一緒にいられるこの時間を、もっと楽しもうと思った。
* * * *
――学校内の広い敷地を歩き回ること、三十分。
「愛美ちゃん、この学校は広いねえ。ちょっと疲れたね。どこか休憩できる場所はないかな?」
純也が愛美を気遣い、そう言ってくれた。
実は愛美も、少し休みたいと思っていたところだったのだ。
「はい。じゃあ……、あそこの松並木の向こうにカフェがあるんで、そこでお茶にしませんか? 行きましょう」
「うん」
純也が頷き、二人は歩いて三分ほどのところにあるカフェに入った。
「――なんか、今日は空いてるね。いつもこんな感じなの、ここは?」
月半ばのせいか、店内はガラガラに空いていた。
「いえ。多分、月半ばだからみんな金欠なんじゃないですか。お家から仕送りがあるの、大体二十五日以降ですから」
「ああ、なるほど」
(そういうわたしのお財布の中身も、そろそろピンチなんだけど)
愛美は自分の財布を開け、こっそりため息をつく。
〝あしながおじさん〟から今月分のお小遣いが現金書留で送られてくるのも、それくらいの頃なのだ。
「愛美ちゃん、支払いのことなら心配しなくていいよ。ここは僕が払うから」
「えっ? ……はい」
またも表情を曇らせていた愛美を気遣い、純也はそう言ってくれたけれど。全額彼に払ってもらうのは愛美も気が引けた。
金額次第では、自分の分くらいは自分で……と思っていたのだけれど。
「すみません。ここのオススメは何ですか?」
純也はテーブルにつくなり、女性店員に声をかけた。
「そうですね……。季節のフルーツタルト、シフォンケーキ、あと焼き菓子やアイスクリームなんかも人気ですね」
「いいね、それ。じゃ、イチゴタルトとシフォンケーキと、マドレーヌとチョコアイスを二人分。あと紅茶も。ストレート……でいいのかな?」
「あ……、はい」
愛美は訊かれるまま返事をしたけれど、メニューも見ないでドッサリ注文した純也に肝が冷えた。
店員さんはオーダーを伝票に書き取り、さっさと引き上げていく。
愛美は初対面の彼を〝純也さん〟と呼んでしまい、ちょっと反省してしまった。今までこの年代の男性とはほとんど接点がなかったため、距離感がうまくつかめないのだ。
……けれど。
「ありがとう、愛美ちゃん。行こうか」
純也に不快そうな様子はなく、彼の笑顔が崩れることもなかったので、愛美はホッとした。
純也と二人、応接室を出た愛美は彼を案内して歩きながら、彼と話をしていた。
「――あれが体育館で、あの建物が図書館です。で、あの大きな建物は大学の付属病院で、その先は大学の敷地になります」
「へえ、大学はまた別の敷地なんだね。じゃあ、学生寮も高校とは別?」
「はい。だから、進学したら寮も引っ越すことになるそうです」
もう入学して一ヶ月以上が経過しているので、愛美も学園内の建物の配置はほぼ頭に入っている。
「――ところで、純也さんってすごく背がお高いんですね。何センチくらいあるんですか?」
まず彼女が訊ねたのは、彼の身長のこと。
応接室のソファーに腰かけていた時の座高も高かったけれど、こうして並んで歩いていると四十センチはありそうな彼との身長差に愛美は驚いたのだ。
「百九十センチかな。ウチの家系はみんな背が高くなる血筋みたいでね」
「ああ、分かります。珠莉ちゃんも背が高いですもんね」
ちなみに、珠莉の身長は百六十三センチらしい。
「わたしは百五十しかなくて。だから珠莉ちゃんが羨ましいです」
愛美はよく、「小さくて可愛い」と言われるけれど。本人はあまり嬉しくない。「せめてあと五センチはほしい」と思っているのだ。
「まだ成長途上だろう? これからまだ伸びるんじゃないかな。だから気にすることないと思うけどな、僕は」
「はい……。そうですよね」
「ご両親も小柄な人だったの?」
「さあ……。わたし、施設で育ったんです。両親はわたしがまだ物心つく前に亡くなったらしくて」
「そっか……。何だか悪いこと聞いちゃったみたいだね。申し訳ない」
「いえ! そんなことないです。わたしが育った施設はいいところでしたから」
純也に謝られ、その口調から同情が感じられなかったので、愛美は笑顔でそうフォローした。
そしてこう続ける。
「その施設を援助して下さってる理事のお一人が、わたしが中学の宿題で書いた作文を気に入って下さって。その方のおかげでこの学校に入れたんです、わたし。小説家になるっていう夢も応援して下さってるみたいで」
「小説家を目指してるの?」
「はい。幼い頃からの夢なんです。わたしが書いた小説を一人でも多くの人に読んでもらって、『面白い』って感じてもらえたら、と思って。――あ、すみません! つまらないですよね、こんな話」
つい熱く自分の夢を語ってしまった愛美は、ハッと我に返った。
(からかわれるかな、コレは……)
もしくは呆れられるだろうか? 「そんな夢みたいなこと言ってないで、現実を見た方がいい」とか。
――ところが。彼の反応は愛美のどちらの予想とも違っていた。
「いや、ステキな夢だね。僕も読書が好きだから、君の夢が叶う日が楽しみだよ」
(え……?)
いかにも現実的そうな珠莉の叔父なのに、純也も自分の夢を応援してくれるらしい。――愛美の胸が温かくなった。
「はい! ありがとうございます!」
(やっぱりこの人、珠莉ちゃんと似てないな)
「純也さん、次はどこがご覧になりたいですか?」
愛美は彼と一緒にいられるこの時間を、もっと楽しもうと思った。
* * * *
――学校内の広い敷地を歩き回ること、三十分。
「愛美ちゃん、この学校は広いねえ。ちょっと疲れたね。どこか休憩できる場所はないかな?」
純也が愛美を気遣い、そう言ってくれた。
実は愛美も、少し休みたいと思っていたところだったのだ。
「はい。じゃあ……、あそこの松並木の向こうにカフェがあるんで、そこでお茶にしませんか? 行きましょう」
「うん」
純也が頷き、二人は歩いて三分ほどのところにあるカフェに入った。
「――なんか、今日は空いてるね。いつもこんな感じなの、ここは?」
月半ばのせいか、店内はガラガラに空いていた。
「いえ。多分、月半ばだからみんな金欠なんじゃないですか。お家から仕送りがあるの、大体二十五日以降ですから」
「ああ、なるほど」
(そういうわたしのお財布の中身も、そろそろピンチなんだけど)
愛美は自分の財布を開け、こっそりため息をつく。
〝あしながおじさん〟から今月分のお小遣いが現金書留で送られてくるのも、それくらいの頃なのだ。
「愛美ちゃん、支払いのことなら心配しなくていいよ。ここは僕が払うから」
「えっ? ……はい」
またも表情を曇らせていた愛美を気遣い、純也はそう言ってくれたけれど。全額彼に払ってもらうのは愛美も気が引けた。
金額次第では、自分の分くらいは自分で……と思っていたのだけれど。
「すみません。ここのオススメは何ですか?」
純也はテーブルにつくなり、女性店員に声をかけた。
「そうですね……。季節のフルーツタルト、シフォンケーキ、あと焼き菓子やアイスクリームなんかも人気ですね」
「いいね、それ。じゃ、イチゴタルトとシフォンケーキと、マドレーヌとチョコアイスを二人分。あと紅茶も。ストレート……でいいのかな?」
「あ……、はい」
愛美は訊かれるまま返事をしたけれど、メニューも見ないでドッサリ注文した純也に肝が冷えた。
店員さんはオーダーを伝票に書き取り、さっさと引き上げていく。



