(ふふん、だ。純也さんもせいぜい、わたしが自分の思い通りにならない相手だって思い知ればいいのよ! わたし、間違ってないもんね)

 さやかの言う通り、この夏はこれでもかというくらい働いた。家庭教師のバイトもやり切ったし、初めて長編小説を一作書き上げることもできた。だから、夏休みの残りの日数くらいはさやかと遊んだってバチは当たらないだろう。

「じゃあ、バイト代もらったその足でそっちに行くよ」

『分かった。高校最後の夏休みだもん、一緒にめいっぱい楽しも!』

「うん! じゃあね。夜遅くにゴメン」

『ううん、いいよ。電話くれてありがとね』


「――さて、さやかちゃんにはああ言ったものの……。やっぱり、おじさまには手紙で知らせないとマズいよね……」

 愛美はそう呟き、机の上にレターパッドを開く。反対されようと、こういうのは報告したもの勝ちだ。後からどうこう言われようと知ったこっちゃない!


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『拝啓、おじさま。

 八月に入り、わたしの高校最後の夏休みもあと半月を残すばかりとなりました。
 午前中はおツムの弱い姉妹の先生をして、午後からは近くを散歩したり、ショッピングをしたり、夜には原稿を執筆して過ごしてました。
 長女の麻利絵ちゃんは、最初の頃こそ「こんなので高校に入れるのかな」って心配してましたけど、最近はちょっとマシになってきました。ただ、まだ高校に入れても勉強についていけるかな……って感じですけど。
 次女の香菜ちゃんに至っては、最初はもうお手上げ状態でした。まず、こっちの話が通じない。そして向こうも何を言ってるのか理解できない。まるで宇宙人と話してるみたいでした。勉強の時にもスマホを手放さず、スマホを見始めたらこっちの話なんか右から左なんだもん。
 でも、わたしから読書の宿題を出したら、二人ともガラッと変わりました。二人には読解力が欠けてたみたいで、自分で選んだ本を読み込むことでそれも補えたみたい。
 家庭教師として、わたしはちゃんと二人の役に立てたのかな。だとしたら、引き受けてよかった。
 そして、冬から書いてた長編小説がやっと書き上がったの! 今日、編集者さんにデータを送ったところです。
 夏休みが終わったら、秋にいよいよ発売される短編集のゲラのチェックもしないといけないみたいで、わたしは作家としてますます忙しくなりそう。
 ところでおじさま、聞いて下さい。さっき純也さんからメッセージが来てたんだけれど、なんか上から目線で素っ気ない内容でした。彼はまだ、わたしが彼の反対を無視して勝手に家庭教師のバイトを決行したことを怒ってるって。でも、農園で会った時に素直ないい子に戻ってたらまた仲良く遊んであげてもいいよ、それで許してあげる、って。わたしはそう解釈しました。
 ね、上から目線で偉そうでムカつくでしょ? だからわたし、さやかちゃんに電話して、この話を聞いてもらったの。それでのこのこ農園に行くのも、彼の思うツボみたいでシャクだし、って。そしたら、さやかちゃんが「ウチにおいでよ」って言ってくれたんです。つまり、埼玉の彼女の実家に、ってこと。この夏のわたしはハッキリ言ってワーカーホリック、つまり働きすぎだから、ウチで息抜きしなよ、って。
 わたし、行っちゃダメですか? まだ自分の意思で決めちゃダメなの? ううん、そんなことないはず! めいっぱい働いたし、残りの夏休みくらいはさやかちゃんといっぱい遊びたい。で、ぶっちゃけ純也さんとの約束をドタキャンしてやりたいんです。
 わたしはあなたの思い通りになんか動かないんだって、彼に思い知らせてやらないと。おじさまも同じです。
 とにかく、わたしはバイトが終わり次第埼玉へGo!!       かしこ

八月十日       ワーカーホリック愛美』

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 ――それから十日ほど後。無事に愛美の家庭教師のアルバイトは終了した。

「愛美先生、一ヶ月間お疲れさま。これ、謝礼ね」

「わぁ……、ありがとうございます!」

 秦野夫人からバイト代の封筒を受け取った愛美は、失礼だとは思いつつ中身を確認した。

「……はい、確かに十万円受け取りました。でも、ホントにいいんですか? こんなに頂いちゃって。わたし、この半分でも充分ですけど」

「いいのよ。娘二人を勉強する気にさせてくれたあなたには、本当に感謝してるんだから。大変だったでしょう? だからこちらとしては、もっと増やしてあげたいくらいよ」