「あたしは雑誌くらいしか読まないし、香菜も本読んでるところ見たことないよ」

「うん。スマホ弄ってることの方が多いよね」

「やっぱりね。そこで、愛美先生から一つ、二人に宿題を出します。この夏休みの間に一人一冊、何か本を読むこと。ただし雑誌以外で」

「「えーーーーっ!?」」

 愛美の提案に、姉妹揃って盛大なブーイングをした。

「『えー』じゃないの。読むのはコミックでもいいから。最近のコミックは勉強になるのも多いからね。ホントは活字の本限定にしたいところを、これでも譲歩してるつもりだよ。読解力を養うには、読書がいちばん手っ取り早いの。特に麻利絵ちゃんは、受験にも絶対に役立つから。騙されたと思ってやってみて」

「…………はーい」

「マンガでもいいんだよね? じゃああたしも読書やってみる!」

「うん。――じゃあ、先生の時間はここまで。ここからは二人のお姉さんとして、質問に答えようかな。二人とも、わたしに訊きたいことない?」

 一人の女子高生に戻った愛美に、姉妹から質問が飛んでくる。

「愛美先生、彼氏いるの?」

「お母さんが言ってたけど、愛美先生、作家だってホント?」

「彼氏はいるよ。十三歳も年上の」

 麻利絵からの質問には、そう答えた。

「えっ、そんなに年上なの!?」

「うん。でも今ケンカ中でね、メッセージも既読スルーしてるんだ」

 この夏だけの教え子にこんなことを言うのも何だけれど、愛美はそれも正直に打ち明けた。

「――で、わたしが作家だっていうのはホントだよ。去年の秋に、〈イマジン〉っていう文芸誌でデビューしたの」

「へぇ、スゴ~い!」

「でも、まだ本は出てないの。秋に短編集が発売されることは決まってるけど。で、今長編小説を執筆してて、もうじき書き上がる」

 短編集が出版されることは、夏休み前に岡部さんから知らされた。夏休みが終わったら、ゲラチェックの仕事も入るのでますます忙しくなりそうだ。

「へぇ、スゴいスゴい! 小説書ける人ってマジ尊敬しちゃう! やっぱり愛美先生もいっぱい本読んだの?」

「そうだね、そりゃもう小さいころからいっぱい読んできたよ。わたし、実は施設で育ったの。施設ではTVを観る時間も限られてたし、ゲームもできないし、スマホも持ってなかったし。楽しみって読書くらいしかなくて」

 小説を書き始めたのは小学校の高学年からだった。中学では文芸部に入り、部長にまでなったけれど、自分の書く小説の参考にと読書量も増えた。

「でも、そのおかげでわたしは小説を書く楽しさを知ったし、こうして夢も叶ったから。本を読むことって、自分のやりたいことを見つけるためでもあるとわたしは思うな」
 
「「なるほど……」」

 読書が苦手な人に読書を勧めるのは難しいけれど、これでこの姉妹が本を読む気になってくれたらいいなと愛美は思った。

「愛美先生、作家の仕事楽しい? 学校の勉強もあって大変じゃない?」

「大丈夫だよ、麻利絵ちゃん。大変なこともあるけど、わたしは作家のお仕事も楽しいよ」

 書くことが好きで、自分で選んだ道だから。どれだけ大変でも続けていこうと愛美は決めていたのだ。