――愛美がこの手紙を出してから二ヶ月半が経過した。けれど、〝あしながおじさん〟からも純也さんからも、未だ何の音沙汰もない。

(今回はさすがに、「何言ってもムダだ」って諦めたのかな)

 そう思っていた七月の初旬。この日は短縮授業期間中だったので、午前の授業が終わった愛美が寮の郵便受けを覗いてみると――。

「…………えっ? 久留島さんから何か来てる」

 〝あしながおじさん〟の秘書・久留島さんから一通の封書が届いていた。それも、封筒には相当な厚みが。

(あの手紙の返事かな? それにしては、こんなに分厚いのが謎だけど)

「愛美、どうかした? ……その封筒は?」

「あら、何かしらね。何だか分厚いみたいだけど。出版社から?」

 封筒を手に、リアクションに困っている愛美に、さやかと珠莉が声をかけてきた。

「ううん、おじさまの秘書の人から……なんだけど。なんでこんなに分厚いんだろ?」

「部屋に帰ってから開けてみ? 中身、手紙だけじゃなさそうだし」

「うん」


 ――昼食を済ませ、部屋に帰ってから開けてみると、中にはいつものようにパソコン書きの手紙と何かのチケット、そして何やらパンフレットのようなものが同封されている。

「これは……、クルーズ船のチケットとパンフレット……? どういうこと?」

 ますますわけが分からず、首を捻った愛美は手紙を読んでみた。


****

『相川愛美様

 今年の夏休みには、一ヶ月間泊まり込みで家庭教師のアルバイトをなさると伺いました。
 ですが、ボスはアルバイトに賛成しておりません。夏休みにはのんびり過ごして頂きたいとお望みでございます。
 同封のチケットとパンフレットは、一ヶ月間で世界の各地を周遊するクルーズ船のツアーのものでございます。ぜひ、ご参加下さいませ。料金はすべてボスが負担致します。

                      久留島 栄吉』

****


「…………やっぱりこう来たか」

 想定通りの展開に、愛美は頭を抱えた。これじゃ、『あしながおじさん』の物語とほとんど同じではないか!

(純也さん……、もうちょっと捻ってもよかったんじゃないの? これじゃいくら何でもあからさま過ぎでしょ)

「愛美、〝やっぱり〟って何が?」

「あー……、えっと。『あしながおじさん』のお話の中にも、これと似たようなシチュエーションが出てくるの。ジュディが夏休みに家庭教師の仕事をするって手紙で報告したら、〝あしながおじさん〟が彼女に旅行に参加することを勧めるんだけど。ジュディがそれを断ろうと思って手紙を書いてる時に……、これ以上はちょっとネタバレになるから詳しくは言えないけど」

「「…………なるほど」」

 愛美の説明に、親友二人は頷いた。彼女たちは『あしながおじさん』の本を読んだことがないけれど、だいたいの事情は理解できたらしい。愛美にとっての〝あしながおじさん〟は純也さんだと、二人とも知っているから。

「つまり、純也さんは家庭教師のバイトには反対で、多分愛美と一緒に旅行したくてこんなものを送ってきたってことか。自分もこのクルーズ船に乗るから、とか何とか言って」

「純也叔父さま、やることがあからさま過ぎるわ」

 まあ、実際に送ってきたのは久留島さんだけれど、純也さんの命令でしたのだから(あなが)ち間違ってはいないだろう。

「ホントだよね。でもわたし、船旅よりバイトを取るよ。もう引き受けちゃったもん、ドタキャンするなんてあり得ないから」

「エラいっ! よく言った、愛美!」

「やっぱり愛美さんは、意志が固くて立派でいらっしゃるわ。それでこそ愛美さんよ」

 そうと決まれば、この船旅を断ると〝あしながおじさん〟に知らせなければ!

「だよね。というわけでわたし、おじさまに手紙書くよ!」


****

『拝啓、おじさま。

 今日、秘書の久留島さんからの封書を受け取りました。
 クルーズ船のツアー自体はすごく魅力的なお誘いで、こんな形で行くことを勧められなければ、わたしも参加を決めてたと思います。
 でも、今回の返事は「No!」です。バイトはダメ、その代わりに旅行に行けなんて、そんなの筋が通るわけがありません!
 おじさまはきっと、わたしが奨学金を受けることになって浮いてしまった分の学費や寮費を、別の形でわたしのための何かに使いたかったんでしょう。その気持ちはすごく嬉しいし、その厚意は受け取らないと恩人であるおじさまにも申し訳ないと思うべきなんでしょう。
 でもね、こんなやり方は違うと思う。もっと別の使い道もあると思います。だって、わたしが今、本当の意味で自立しようとしてるところなのに、それをジャマするのは保護者として間違ってると思うから。
 生意気なことを言ってるのは自分でも分かってます。でも、こんな甘え方は間違ってるとわたしは思う。本来、学費として投資してたはずのお金を娯楽に使うのは、どう考えたって感覚がズレてるから。
 それにね、わたし、おじさまに出してもらったお金は将来、全額返そうと思ってるから。今は奨学金のおかげでその金額が半分になって、ちょっと気が楽だなって思ってるところなの。娯楽のために使われるお金については、返済の対象外になりますけど、それでも大丈夫ですか?
 えーっと、何を言おうとしてたんだっけ? あ、そうそう! わたし、バイトの話はもう引き受けちゃったので、今さら「やっぱりできません」なんて言えません。わたしの信用に関わるから。
 とにかく、今回のバイトのことはわたしが自立するための大きな一歩なので、おじさまには保護者として見守っててほしいです。』

****


 ――と、ここまで書いたところで、愛美のスマホに純也さんからのメッセージが受信した。


『今、寮のすぐ近くまで来てる。
 これから会って話せないかな?』


「…………えぇっ!?」

 これまた『あしながおじさん』の物語通りの展開に、愛美はげんなりした。

「……仕方ない。会いに行くかぁ」

 ため息をつき、急いで返信した。


『分かった。
 それじゃ、一昨年の五月にお茶したカフェで待ってて。今から行きます。』