****
『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。……って書くのも、もう三年目なんだなぁ。
いよいよ高校生活で最終学年の三年生になりました! さやかちゃんと珠莉ちゃんとは、寮のお部屋もクラスも卒業まで一緒です。
二年生の学年末テストではちょっと順位を落としてしまいましたけど、それでも無事に進級できました。まあ、今回は体調が悪かったからじゃないけど。
学校の勉強をしながら、作家として長編の原稿を執筆。そのうえ編集者の岡部さんから〈イマジン〉への短編小説の掲載のお話も受けて、そっちの執筆もあったものだからもう大変で!
でも、小説を書くのはやっぱり楽しいです。こうして、自分が好きでやりたかったことを仕事にできてるのはおじさまのおかげ。進学させてもらえて、おじさまにはホントに感謝してます。
三年生に上がって、文芸部の部長にもなりました。新入部員、いっぱい入ってほしいな。
あと、わたしは今日で十八歳になりました。法律上は成人ってことです。参政権もあるし、これで少しは純也さんに追いつけるかな……。彼とは対等な立場でお付き合いがしたいから。
そして、来年は三人とも大学に進みます。他の大学へ進学する子もいるけど、わたしとさやかちゃん、珠莉ちゃんはもちろんそのまま茗倫女子大に進むことにしてます。
わたしはもちろん文学部国文科、珠莉ちゃんは将来のことも考えて経済学部に進むことに決めてますけど、さやかちゃんが意外な学部に進みたいって言ってるんです。それはなんと、福祉学部! どうも児童福祉の道に進みたいらしくて。
わたしの境遇とか、リョウくんの境遇を聞いて思うところがあったらしくて。いつかは〈わかば園〉みたいな児童養護施設で働きたいって。でも、教員免許が必要になるから教育学部の方がいいかな、とも言ってます。
わたしは彼女の決意がすごく嬉しくて。さやかちゃんなら、そういう仕事が向いてると思うから。でも、養護施設にこだわる必要はなくて、たとえば児童相談所とか、虐待やネグレクトに遭ってる子供たちを助けるNPOとかに就職してもいいんじゃないかなって思ってます。
わたしも負けてられない! 今書いてる長編小説を最後まで書き上げて、必ず出版にまでこぎつけます。その前に短編集が発売されるかも。その時はおじさま、ぜひ買って読んで下さいね。あと、聡美園長にも宣伝しておいて下さい!
とにかく、わたしたちの高校生活もあと一年。目いっぱい楽しんで、もちろん勉強も頑張って過ごせたらいいな。ではまた。かしこ
四月四日 少し大人に近づいた愛美』
****
――三年生に進級して間もないある日のこと。愛美はさやかから思いがけない頼みごとをされた。
「ねえ愛美、今年の夏休み、ちょっとバイトする気ない? さっき、お母さんから電話で頼まれたんだけど」
「バイト? ってどんなバイト?」
ある週末の午後。部屋で誰かからの電話を受けていたらしいさやかが、通話を終えてから勉強スペースでパソコンを開いて執筆していた愛美に声をかけてきたのだ。
ちなみに、ここに珠莉はいない。治樹さんとデート中である。もし彼女がここにいたとしても、さやかは彼女に声をかけなかったと思うけれど。
愛美は内容にもよるけれど、引き受けてもいいかなと思っていた。作家として原稿料はもらえるようになったけれど、まだまだ金銭的余裕はない。それに、〝あしながおじさん〟に出してもらった学校と寮の費用を返そうにもまだ全然足りないのだ。
(純也さんにだって、デートのたびにお金出してもらってるし。この経済格差が恨めしい……。もっとボンと稼げたらいいのに。本が出版されて、印税がまとめて振り込まれてくるとか)
ちなみに、作家デビューしてから愛美は初めて銀行に自分名義の口座を開設した。〝あしながおじさん〟からのお小遣いは相変わらず現金書留で送られてくるけれど、原稿料は銀行振り込みなのだ。
――それはさておき。
「あのね、家庭教師のバイトなんだけど。葉山に住んでるお母さんの知り合いが、来年高校受験を控えてる上の娘さんの勉強を見てくれる人を探してるんだって。あ、下の娘さんも一緒にね。でさ、最初はあたしにってこの話が来たんだけど、あたしじゃちょっと人に教えるの自信なくて。……ほら、学校の成績が……ちょっと」
「なるほど。それで、わたしにってこと?」
「そういうこと。一ヶ月間の泊まり込みなんだけど、自由な時間もいっぱいあって。謝礼は一ヶ月で十万円出すって」
「十万も? わたしなら、五万でも『いいのかなぁ』って思っちゃうけど」
「だろうね。愛美は金銭感覚しっかりしてるからねー。でも、先方さんが『十万出す』って言ってくれてるんだから。すごくいい人だよ。ただ、娘さんたちが全っ然勉強やる気になってくれなくて困ってるんだって言ってた。……で、どうする?」
「わたしは引き受けたいけど、おじさまが何て言うかな……。返事、急ぐの?」
十八歳といえば、アルバイトをするのに保護者の許可を取る必要はないけれど。一応、〝あしながおじさん〟には伺いを立てた方がいいかもしれないと愛美は思った。
(まあ、純也さんだってわたしが自立しようとしてるのをジャマしたりしないだろうけど。一応念のため)
「そんなに急ぎの話じゃないから、おじさまにも相談して、それから返事くれても全然オッケーだよ。それまで返事待ってもらえるように、あたしからお母さんにも言っとくから」
「うん、分かった」
「でも、愛美、ゴメンね。ただでさえ文芸部でも部長になって、そのうえ作家業もあって忙しいのに」
「ううん、そんなことはいいの。ちゃんと無理せずに全部こなしてるから」
『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。……って書くのも、もう三年目なんだなぁ。
いよいよ高校生活で最終学年の三年生になりました! さやかちゃんと珠莉ちゃんとは、寮のお部屋もクラスも卒業まで一緒です。
二年生の学年末テストではちょっと順位を落としてしまいましたけど、それでも無事に進級できました。まあ、今回は体調が悪かったからじゃないけど。
学校の勉強をしながら、作家として長編の原稿を執筆。そのうえ編集者の岡部さんから〈イマジン〉への短編小説の掲載のお話も受けて、そっちの執筆もあったものだからもう大変で!
でも、小説を書くのはやっぱり楽しいです。こうして、自分が好きでやりたかったことを仕事にできてるのはおじさまのおかげ。進学させてもらえて、おじさまにはホントに感謝してます。
三年生に上がって、文芸部の部長にもなりました。新入部員、いっぱい入ってほしいな。
あと、わたしは今日で十八歳になりました。法律上は成人ってことです。参政権もあるし、これで少しは純也さんに追いつけるかな……。彼とは対等な立場でお付き合いがしたいから。
そして、来年は三人とも大学に進みます。他の大学へ進学する子もいるけど、わたしとさやかちゃん、珠莉ちゃんはもちろんそのまま茗倫女子大に進むことにしてます。
わたしはもちろん文学部国文科、珠莉ちゃんは将来のことも考えて経済学部に進むことに決めてますけど、さやかちゃんが意外な学部に進みたいって言ってるんです。それはなんと、福祉学部! どうも児童福祉の道に進みたいらしくて。
わたしの境遇とか、リョウくんの境遇を聞いて思うところがあったらしくて。いつかは〈わかば園〉みたいな児童養護施設で働きたいって。でも、教員免許が必要になるから教育学部の方がいいかな、とも言ってます。
わたしは彼女の決意がすごく嬉しくて。さやかちゃんなら、そういう仕事が向いてると思うから。でも、養護施設にこだわる必要はなくて、たとえば児童相談所とか、虐待やネグレクトに遭ってる子供たちを助けるNPOとかに就職してもいいんじゃないかなって思ってます。
わたしも負けてられない! 今書いてる長編小説を最後まで書き上げて、必ず出版にまでこぎつけます。その前に短編集が発売されるかも。その時はおじさま、ぜひ買って読んで下さいね。あと、聡美園長にも宣伝しておいて下さい!
とにかく、わたしたちの高校生活もあと一年。目いっぱい楽しんで、もちろん勉強も頑張って過ごせたらいいな。ではまた。かしこ
四月四日 少し大人に近づいた愛美』
****
――三年生に進級して間もないある日のこと。愛美はさやかから思いがけない頼みごとをされた。
「ねえ愛美、今年の夏休み、ちょっとバイトする気ない? さっき、お母さんから電話で頼まれたんだけど」
「バイト? ってどんなバイト?」
ある週末の午後。部屋で誰かからの電話を受けていたらしいさやかが、通話を終えてから勉強スペースでパソコンを開いて執筆していた愛美に声をかけてきたのだ。
ちなみに、ここに珠莉はいない。治樹さんとデート中である。もし彼女がここにいたとしても、さやかは彼女に声をかけなかったと思うけれど。
愛美は内容にもよるけれど、引き受けてもいいかなと思っていた。作家として原稿料はもらえるようになったけれど、まだまだ金銭的余裕はない。それに、〝あしながおじさん〟に出してもらった学校と寮の費用を返そうにもまだ全然足りないのだ。
(純也さんにだって、デートのたびにお金出してもらってるし。この経済格差が恨めしい……。もっとボンと稼げたらいいのに。本が出版されて、印税がまとめて振り込まれてくるとか)
ちなみに、作家デビューしてから愛美は初めて銀行に自分名義の口座を開設した。〝あしながおじさん〟からのお小遣いは相変わらず現金書留で送られてくるけれど、原稿料は銀行振り込みなのだ。
――それはさておき。
「あのね、家庭教師のバイトなんだけど。葉山に住んでるお母さんの知り合いが、来年高校受験を控えてる上の娘さんの勉強を見てくれる人を探してるんだって。あ、下の娘さんも一緒にね。でさ、最初はあたしにってこの話が来たんだけど、あたしじゃちょっと人に教えるの自信なくて。……ほら、学校の成績が……ちょっと」
「なるほど。それで、わたしにってこと?」
「そういうこと。一ヶ月間の泊まり込みなんだけど、自由な時間もいっぱいあって。謝礼は一ヶ月で十万円出すって」
「十万も? わたしなら、五万でも『いいのかなぁ』って思っちゃうけど」
「だろうね。愛美は金銭感覚しっかりしてるからねー。でも、先方さんが『十万出す』って言ってくれてるんだから。すごくいい人だよ。ただ、娘さんたちが全っ然勉強やる気になってくれなくて困ってるんだって言ってた。……で、どうする?」
「わたしは引き受けたいけど、おじさまが何て言うかな……。返事、急ぐの?」
十八歳といえば、アルバイトをするのに保護者の許可を取る必要はないけれど。一応、〝あしながおじさん〟には伺いを立てた方がいいかもしれないと愛美は思った。
(まあ、純也さんだってわたしが自立しようとしてるのをジャマしたりしないだろうけど。一応念のため)
「そんなに急ぎの話じゃないから、おじさまにも相談して、それから返事くれても全然オッケーだよ。それまで返事待ってもらえるように、あたしからお母さんにも言っとくから」
「うん、分かった」
「でも、愛美、ゴメンね。ただでさえ文芸部でも部長になって、そのうえ作家業もあって忙しいのに」
「ううん、そんなことはいいの。ちゃんと無理せずに全部こなしてるから」



