「そっか。でも、そうだね。これから先、わたしたちにもいい出会いがあるかもね」
「うん、そうだねー。――あ、あたしはそろそろ部屋に戻るよ。宿題やんなきゃ」
さやかは学校が終わるなり、制服のまま愛美の部屋に来ていた。
おしゃべり夢中になっているうちに、夕方の五時半になっていたのだ。あと三十分ほどで夕食の時間になる。
「うん。またご飯の時にねー」
愛美も立ち上がって、部屋の入り口までさやかを見送りに行った。……といっても、部屋は隣り同士なのだけれど。
「わたしも着替えなきゃ」
愛美も制服のままだったので、長袖のカットソーとデニムパンツに着替えると、勉強机の上に国語の宿題を広げる。
(……そういえば今日、国語の先生に褒められちゃったな……)
宿題を片付けながら、愛美は思い出し笑いが止まらない。
それは、この日の国語の授業が終わった後のこと。愛美は国語の教科担当の女性教諭に呼び止められたのだ。
――『相川さん、ちょっといい?』
『はい。何でしょうか?』
女性教諭はニコニコしながら、愛美にこう言った。
――『中間テストの最後の問題に出したあなたの小論文なんだけど、着眼点が面白かったわ。なかなか独創性豊かだったわよ。あなたは確か、小説家になるのが夢だったわね?』
『はい、そうですけど』
『やっぱりね。だからなのね、発想がユニークなのは。あなたになら、面白い小説が書けそうね。私も楽しみだわ』
『ありがとうございます!』
定年間近の女性教諭は、どことなく〈わかば園〉の聡美園長に似ている。愛美のお気に入りの先生の一人だ。
そんな先生から期待されたら、愛美にもますます「頑張ろう!」という意欲が湧いてくるというものである。
「よぉーっし! これからもっと文章力磨くぞー♪」
愛美は俄然やる気になったのだった。
* * * *
――その翌日。六限目までの授業が終わり、愛美がスクールバッグを持って寮に戻ろうとしていたところ。
「――ええっ!? 今からいらっしゃるんですの!?」
スマホで誰かと電話をしているらしい珠莉の戸惑う声が、廊下から聞こえてきた。
(……珠莉ちゃん? 誰と話してるんだろう?)
愛美は首を傾げた。でも、誰か珠莉の知り合いがこれからこの学園を訪ねてくるらしいことだけは何となく分かる。
「もう近くまで来てらっしゃる!? ムリですわ! 私、これから補習授業がありますのに!」
珠莉は相当困っているらしい。
補習を受けなければならないのは中間テストの成績が思わしくなかったからで、それは自業自得なのだけれど。相手は珠莉の都合などお構いなしのようで、愛美としてもちょっと彼女がかわいそうに思えてきた。
「……分かりましたわ。私は案内して差し上げられませんけど、誰かに代わりをお願いします。それでも構いません? ……ええ、そうですか。じゃあ、失礼致します」
通話を終えた珠莉は、大きなため息をついていた。
「珠莉ちゃん。電話、誰からだったの?」
「あら、愛美さん。叔父からですわ。これからこの学校を訪問するから、案内を頼みたいっておっしゃられて」
「叔父さま……」
(……あれ? 確か『あしながおじさん』にもこんなシチュエーションが出てきたような)
愛美はふと思い当たり、そして次の展開の予想もできた。
(この流れだと、もしかして……)
「ねえ愛美さん。あなたは今日、これで学校終わりよね?」
「えっ? ……あー、うん。補習受けなくていいし」
(やっぱり)
愛美の予想は的中したようだ。珠莉はどうやら、愛美に叔父の案内役を頼むつもりらしい。
「なになに? 何のハナシ?」
いつの間にか、さやかも廊下に来ていた。
「じゃあ、あなたに叔父の案内をお願いするわ。補習は四時半ごろ終わる予定だから、その頃に私を電話で呼んで下さいな」
「ちょっと珠莉! 愛美にだって断る権利くらいあるでしょ!? そんな一方的に――」
さやかが愛美を擁護する形で、二人の間に割って入った。
「いいよ、さやかちゃん。珠莉ちゃん、わたしでよかったら引き受けるよ」
とはいえ、嫌々でもなかった愛美は快く珠莉の頼みを受け入れた。
実は内心、珠莉の叔父という人物がどんな人なのか興味があったのだ。
「いいの、愛美? 引き受けちゃって」
「うん、いいの。今日は宿題もないし、部屋に戻っても本を読むくらいしかやることないから」
「あら、そうなの? ありがとう、愛美さん。じゃあお願いね。――さやかさん、補習に遅れますわ。行きましょう」
「え? あー、うん……。いいのかなあ……?」
さやかは少々納得がいかないまま、後ろ髪をひかれるように珠莉に補習授業の教室まで引っぱっていかれた。
愛美は一旦部屋に戻ると、私服――デニムのシャツワンピース――に着替え、寮の管理室の隣にある応接室のドアをノックした。
「失礼しまーす……」
中に入ると、そこにいたのは寮母の晴美さんと、スラリとした長身らしい三十歳前後の男性だった。
整った顔立ちをしていて、落ち着いた雰囲気の持ち主だ。高級そうなベージュのスーツをキッチリと着こなしている。彼が珠莉の叔父という人だろうと愛美には分かった。
「あら、相川さん。いらっしゃい」
「晴美さん、こんにちは。――あの、珠莉ちゃんの叔父さま……ですよね? わたし、珠莉ちゃんの友人で相川愛美といいます」
「ああ、君が珠莉の代わりか。僕は辺唐院純也です。珠莉の父親の末の弟で、珠莉とは十三歳しか歳が離れてないんだ」
彼の爽やかな笑顔からは、とてもイヤなセレブ感は感じ取れない。
(なんかステキな人だなあ……。珠莉ちゃんとは似てないかも)
「愛美ちゃん……だったね? 早速だけど、学校内の案内をお願いできるかな?」
「相川さん、お願いね」
晴美さんにまで頭を下げられ、愛美は快く頷いた。
「はいっ! じゃあ行きましょう、純也さん」
「うん、そうだねー。――あ、あたしはそろそろ部屋に戻るよ。宿題やんなきゃ」
さやかは学校が終わるなり、制服のまま愛美の部屋に来ていた。
おしゃべり夢中になっているうちに、夕方の五時半になっていたのだ。あと三十分ほどで夕食の時間になる。
「うん。またご飯の時にねー」
愛美も立ち上がって、部屋の入り口までさやかを見送りに行った。……といっても、部屋は隣り同士なのだけれど。
「わたしも着替えなきゃ」
愛美も制服のままだったので、長袖のカットソーとデニムパンツに着替えると、勉強机の上に国語の宿題を広げる。
(……そういえば今日、国語の先生に褒められちゃったな……)
宿題を片付けながら、愛美は思い出し笑いが止まらない。
それは、この日の国語の授業が終わった後のこと。愛美は国語の教科担当の女性教諭に呼び止められたのだ。
――『相川さん、ちょっといい?』
『はい。何でしょうか?』
女性教諭はニコニコしながら、愛美にこう言った。
――『中間テストの最後の問題に出したあなたの小論文なんだけど、着眼点が面白かったわ。なかなか独創性豊かだったわよ。あなたは確か、小説家になるのが夢だったわね?』
『はい、そうですけど』
『やっぱりね。だからなのね、発想がユニークなのは。あなたになら、面白い小説が書けそうね。私も楽しみだわ』
『ありがとうございます!』
定年間近の女性教諭は、どことなく〈わかば園〉の聡美園長に似ている。愛美のお気に入りの先生の一人だ。
そんな先生から期待されたら、愛美にもますます「頑張ろう!」という意欲が湧いてくるというものである。
「よぉーっし! これからもっと文章力磨くぞー♪」
愛美は俄然やる気になったのだった。
* * * *
――その翌日。六限目までの授業が終わり、愛美がスクールバッグを持って寮に戻ろうとしていたところ。
「――ええっ!? 今からいらっしゃるんですの!?」
スマホで誰かと電話をしているらしい珠莉の戸惑う声が、廊下から聞こえてきた。
(……珠莉ちゃん? 誰と話してるんだろう?)
愛美は首を傾げた。でも、誰か珠莉の知り合いがこれからこの学園を訪ねてくるらしいことだけは何となく分かる。
「もう近くまで来てらっしゃる!? ムリですわ! 私、これから補習授業がありますのに!」
珠莉は相当困っているらしい。
補習を受けなければならないのは中間テストの成績が思わしくなかったからで、それは自業自得なのだけれど。相手は珠莉の都合などお構いなしのようで、愛美としてもちょっと彼女がかわいそうに思えてきた。
「……分かりましたわ。私は案内して差し上げられませんけど、誰かに代わりをお願いします。それでも構いません? ……ええ、そうですか。じゃあ、失礼致します」
通話を終えた珠莉は、大きなため息をついていた。
「珠莉ちゃん。電話、誰からだったの?」
「あら、愛美さん。叔父からですわ。これからこの学校を訪問するから、案内を頼みたいっておっしゃられて」
「叔父さま……」
(……あれ? 確か『あしながおじさん』にもこんなシチュエーションが出てきたような)
愛美はふと思い当たり、そして次の展開の予想もできた。
(この流れだと、もしかして……)
「ねえ愛美さん。あなたは今日、これで学校終わりよね?」
「えっ? ……あー、うん。補習受けなくていいし」
(やっぱり)
愛美の予想は的中したようだ。珠莉はどうやら、愛美に叔父の案内役を頼むつもりらしい。
「なになに? 何のハナシ?」
いつの間にか、さやかも廊下に来ていた。
「じゃあ、あなたに叔父の案内をお願いするわ。補習は四時半ごろ終わる予定だから、その頃に私を電話で呼んで下さいな」
「ちょっと珠莉! 愛美にだって断る権利くらいあるでしょ!? そんな一方的に――」
さやかが愛美を擁護する形で、二人の間に割って入った。
「いいよ、さやかちゃん。珠莉ちゃん、わたしでよかったら引き受けるよ」
とはいえ、嫌々でもなかった愛美は快く珠莉の頼みを受け入れた。
実は内心、珠莉の叔父という人物がどんな人なのか興味があったのだ。
「いいの、愛美? 引き受けちゃって」
「うん、いいの。今日は宿題もないし、部屋に戻っても本を読むくらいしかやることないから」
「あら、そうなの? ありがとう、愛美さん。じゃあお願いね。――さやかさん、補習に遅れますわ。行きましょう」
「え? あー、うん……。いいのかなあ……?」
さやかは少々納得がいかないまま、後ろ髪をひかれるように珠莉に補習授業の教室まで引っぱっていかれた。
愛美は一旦部屋に戻ると、私服――デニムのシャツワンピース――に着替え、寮の管理室の隣にある応接室のドアをノックした。
「失礼しまーす……」
中に入ると、そこにいたのは寮母の晴美さんと、スラリとした長身らしい三十歳前後の男性だった。
整った顔立ちをしていて、落ち着いた雰囲気の持ち主だ。高級そうなベージュのスーツをキッチリと着こなしている。彼が珠莉の叔父という人だろうと愛美には分かった。
「あら、相川さん。いらっしゃい」
「晴美さん、こんにちは。――あの、珠莉ちゃんの叔父さま……ですよね? わたし、珠莉ちゃんの友人で相川愛美といいます」
「ああ、君が珠莉の代わりか。僕は辺唐院純也です。珠莉の父親の末の弟で、珠莉とは十三歳しか歳が離れてないんだ」
彼の爽やかな笑顔からは、とてもイヤなセレブ感は感じ取れない。
(なんかステキな人だなあ……。珠莉ちゃんとは似てないかも)
「愛美ちゃん……だったね? 早速だけど、学校内の案内をお願いできるかな?」
「相川さん、お願いね」
晴美さんにまで頭を下げられ、愛美は快く頷いた。
「はいっ! じゃあ行きましょう、純也さん」



