――愛美の高校生活がスタートしてから、早や一ヶ月が過ぎた。
「愛美、中間テストの結果どうだった?」
授業が終わった後、二〇六号室に遊びに来ていたさやかが愛美に訊いた。
最初は殺風景だったこの部屋も、さやかと二人で買い揃えたインテリアのおかげで過ごしやすい部屋になった。
カーテンにクッション、センターラグに可愛い座卓。三年生が開催していたフリーマーケットで安く買えたものばかり。さやかのセンスはピカイチだ。
「うん、よかったよ。学年で十位以内に入った」
「えっ、マジ!? スゴいじゃん!」
愛美やさやかの学年は、全部で二百人いる。その中の十位以内というのだから、大したものだ。
「そうかなあ? でもね、あしながおじさんが援助してくれなかったら、わたし住み込みで就職するしかなかったんだ」
「へえ、そうなんだ……。じゃあ、そのおじさまにはホントに感謝だね」
さやかにも珠莉にも、あしながおじさんのことは打ち明けてある。二人とも、愛美のネーミングセンスは「なかなか個性的だ」と言っている。
……もっとも、このニックネームの出どころがアメリカ文学の『あしながおじさん』だということは話していないけれど。
「うん、ホントにね。――ところで、さやかちゃんと珠莉ちゃんの方はどうだったの? 中間テスト」
「…………う~~、ボロボロ。というわけで明日、補習あるんだ。二人とも」
「あれまぁ、大変だねえ……」
「そうなのよ~。高校の勉強ってやっぱ難しくなってるよね」
さやかだって、中学まではそれほど成績も悪くなかったはずだ。……珠莉の方はどうだか知らないけれど。
「でもさ、愛美は勉強はできるけど流行には疎いじゃん? こないだだって『〝あいみょん〟ってこの学年の子?』って訊いてたし。タピオカも知らなかったでしょ?」
さやかが愛美のやらかしエピソードを暴露した。
人気シンガーソングライター〝あいみょん〟を「この学年の子?」と言ってしまったのは、入学して間もない頃のことである。その話が学年全体に広まってしまったせいで、愛美は〝ボケキャラ〟認定されてしまったのだ。
「あれは……、ボケとかじゃなくてホントに知らなかったの! 施設にいた頃はあんまりTVも観られなかったし、近くにコンビニもなかったから」
流行に疎い愛美は、周りの子たちの会話になかなかついて行けない。さやかがいてくれなかったら、きっとクラスで一人浮いていただろう。
「あのさ、愛美。周りの子の話にピンとこない単語が出てきた時のアドバイス。そういう時は、スマホでググるといいよ」
「〝ググる〟?」
「うん。スマホ貸して?」
さやかにスマホを手渡すと、彼女は画面を操作しながら愛美に教えた。
「ここに〝G〟のついてる検索エンジンあるじゃん? この部分に調べたい単語を打ち込んで、検索のキーを押すの。そしたら検索した結果がいっぱい出てくるから」
「なるほど……。ありがと、さやかちゃん! わたしもやってみる!」
愛美はさやかにスマホを返してもらうと、早速検索エンジンに「あいみょん」と打ち込んでみた。
「へえ……、こういう人なんだ。一つ知識が増えた。ありがとね、さやかちゃん!」
「いいのいいの。また何か分かんないことあったら訊いてね」
「うん!」
知らなかったことを一つ知れたことももちろんだけれど、スマホを通じてまたさやかと親しくなれたことが、愛美は嬉しかった。
「っていうか、部屋にパソコンあるんだからさ、そっちでも調べものできるじゃん?」
「あ、そっか。そうだよね」
言われてみればそうだ。パソコンにも検索機能はついているのに、愛美はまだうまく活用できていない。
「――ところでさ。夏休みの予定ってもう決まってる? 行くとこあんの?」
さやかが唐突に話を変えた。まだ五月の半ばだというのに、早くも夏休みの話題を持ち出す。
「ううん、まだ何も。おじさまに相談しようとは思ってるけど……。施設に帰るわけにもいかないし」
「だよねえ」
どうやらさやかも、愛美がそう答えるらしいことは予想していたようだ。
「? 何が訊きたいの、さやかちゃん?」
「いや、せっかく女子高生になったのにさあ、女子校だと出会いがないなあと思って。夏休みになれば、恋のチャンスもあるかなーって」
「恋……」
愛美の口からは、それ以上の言葉が出てこない。何せ、恋の経験が全くないのだから。
「ねえ、愛美のいた施設って男の子もいたよね? そこから恋に発展したりは?」
「ええっ!? ないよぉ。施設にいた男の子はみんな兄弟みたいなもんだったし」
「じゃあ、中学までの同級生とかは? 男女共学だったんでしょ?」
さやかはなおも食い下がる。
「それもないよ。だって、学校の男の子たちからは同情しかされなかったもん。わたし、施設で育ったからって同情されるの大っキライなの」
「そうなんだ……。じゃ、今まで一度も恋したことないの?」
「うん、まあそうなるよね。……でも、初恋がまだって遅いのかな? 世間的には」
自分が世間的にズレていることは愛美自身も分かっていたし、ずいぶん気にしてもいた。
中学時代の友達の中には、好きな人どころか「彼氏がいる」という子もいた。愛美は「自分は自分、焦る必要なんかない」と自分に言い聞かせていたけれど、やっぱり少しくらいは焦るべきだったんだろうか?
「まあ、それは人それぞれでしょ。気にすることないよ。あたしもおんなじようなもんだし」
「えっ、そうなの?」
「うん。なんかねえ、同世代の男ってガキっぽく見えるんだよね。だから異性に興味なかったの」
さやかはクールに答えた。
確かに愛美も、同じ年代でも女子の方が考え方が大人で、男子の方が子供っぽいと雑誌か何かで読んだことがあったかもしれない。
「愛美、中間テストの結果どうだった?」
授業が終わった後、二〇六号室に遊びに来ていたさやかが愛美に訊いた。
最初は殺風景だったこの部屋も、さやかと二人で買い揃えたインテリアのおかげで過ごしやすい部屋になった。
カーテンにクッション、センターラグに可愛い座卓。三年生が開催していたフリーマーケットで安く買えたものばかり。さやかのセンスはピカイチだ。
「うん、よかったよ。学年で十位以内に入った」
「えっ、マジ!? スゴいじゃん!」
愛美やさやかの学年は、全部で二百人いる。その中の十位以内というのだから、大したものだ。
「そうかなあ? でもね、あしながおじさんが援助してくれなかったら、わたし住み込みで就職するしかなかったんだ」
「へえ、そうなんだ……。じゃあ、そのおじさまにはホントに感謝だね」
さやかにも珠莉にも、あしながおじさんのことは打ち明けてある。二人とも、愛美のネーミングセンスは「なかなか個性的だ」と言っている。
……もっとも、このニックネームの出どころがアメリカ文学の『あしながおじさん』だということは話していないけれど。
「うん、ホントにね。――ところで、さやかちゃんと珠莉ちゃんの方はどうだったの? 中間テスト」
「…………う~~、ボロボロ。というわけで明日、補習あるんだ。二人とも」
「あれまぁ、大変だねえ……」
「そうなのよ~。高校の勉強ってやっぱ難しくなってるよね」
さやかだって、中学まではそれほど成績も悪くなかったはずだ。……珠莉の方はどうだか知らないけれど。
「でもさ、愛美は勉強はできるけど流行には疎いじゃん? こないだだって『〝あいみょん〟ってこの学年の子?』って訊いてたし。タピオカも知らなかったでしょ?」
さやかが愛美のやらかしエピソードを暴露した。
人気シンガーソングライター〝あいみょん〟を「この学年の子?」と言ってしまったのは、入学して間もない頃のことである。その話が学年全体に広まってしまったせいで、愛美は〝ボケキャラ〟認定されてしまったのだ。
「あれは……、ボケとかじゃなくてホントに知らなかったの! 施設にいた頃はあんまりTVも観られなかったし、近くにコンビニもなかったから」
流行に疎い愛美は、周りの子たちの会話になかなかついて行けない。さやかがいてくれなかったら、きっとクラスで一人浮いていただろう。
「あのさ、愛美。周りの子の話にピンとこない単語が出てきた時のアドバイス。そういう時は、スマホでググるといいよ」
「〝ググる〟?」
「うん。スマホ貸して?」
さやかにスマホを手渡すと、彼女は画面を操作しながら愛美に教えた。
「ここに〝G〟のついてる検索エンジンあるじゃん? この部分に調べたい単語を打ち込んで、検索のキーを押すの。そしたら検索した結果がいっぱい出てくるから」
「なるほど……。ありがと、さやかちゃん! わたしもやってみる!」
愛美はさやかにスマホを返してもらうと、早速検索エンジンに「あいみょん」と打ち込んでみた。
「へえ……、こういう人なんだ。一つ知識が増えた。ありがとね、さやかちゃん!」
「いいのいいの。また何か分かんないことあったら訊いてね」
「うん!」
知らなかったことを一つ知れたことももちろんだけれど、スマホを通じてまたさやかと親しくなれたことが、愛美は嬉しかった。
「っていうか、部屋にパソコンあるんだからさ、そっちでも調べものできるじゃん?」
「あ、そっか。そうだよね」
言われてみればそうだ。パソコンにも検索機能はついているのに、愛美はまだうまく活用できていない。
「――ところでさ。夏休みの予定ってもう決まってる? 行くとこあんの?」
さやかが唐突に話を変えた。まだ五月の半ばだというのに、早くも夏休みの話題を持ち出す。
「ううん、まだ何も。おじさまに相談しようとは思ってるけど……。施設に帰るわけにもいかないし」
「だよねえ」
どうやらさやかも、愛美がそう答えるらしいことは予想していたようだ。
「? 何が訊きたいの、さやかちゃん?」
「いや、せっかく女子高生になったのにさあ、女子校だと出会いがないなあと思って。夏休みになれば、恋のチャンスもあるかなーって」
「恋……」
愛美の口からは、それ以上の言葉が出てこない。何せ、恋の経験が全くないのだから。
「ねえ、愛美のいた施設って男の子もいたよね? そこから恋に発展したりは?」
「ええっ!? ないよぉ。施設にいた男の子はみんな兄弟みたいなもんだったし」
「じゃあ、中学までの同級生とかは? 男女共学だったんでしょ?」
さやかはなおも食い下がる。
「それもないよ。だって、学校の男の子たちからは同情しかされなかったもん。わたし、施設で育ったからって同情されるの大っキライなの」
「そうなんだ……。じゃ、今まで一度も恋したことないの?」
「うん、まあそうなるよね。……でも、初恋がまだって遅いのかな? 世間的には」
自分が世間的にズレていることは愛美自身も分かっていたし、ずいぶん気にしてもいた。
中学時代の友達の中には、好きな人どころか「彼氏がいる」という子もいた。愛美は「自分は自分、焦る必要なんかない」と自分に言い聞かせていたけれど、やっぱり少しくらいは焦るべきだったんだろうか?
「まあ、それは人それぞれでしょ。気にすることないよ。あたしもおんなじようなもんだし」
「えっ、そうなの?」
「うん。なんかねえ、同世代の男ってガキっぽく見えるんだよね。だから異性に興味なかったの」
さやかはクールに答えた。
確かに愛美も、同じ年代でも女子の方が考え方が大人で、男子の方が子供っぽいと雑誌か何かで読んだことがあったかもしれない。



