拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】

 ――昼食の後、純也さんは愛美を()(ほん)(ばし)へ連れて来てくれた。

「愛美ちゃん、ここが日本橋。日本の出発地点だよ」

「学校の地理の授業で習ったよ。東海道とか中山道(なかせんどう)のスタート地点なんだよね。――で、これがあの有名な翼のある()(りん)像か……」

 愛美は橋の中ほどにある彫像を見上げた。
 麒麟とは動物園やアフリカ・サバンナにいる首の長い動物のキリンではなく、中国で四聖獣――(げん)()()(ざく)(せい)(りゅう)(びゃっ)()とともに聖獣と(あが)められている空想上の生き物で、ビールのパッケージなどのデザインにもなっている。
 本来の麒麟には翼がないのだけれど、この麒麟像に翼があるのは「ここから自由に羽ばたいていってほしい」という作者の想いが込められているのだそう。

「そういえば、この麒麟像が登場する(ひがし)()(けい)()さんのミステリー小説があったよね。わたしもあのシリーズが好きでよく読んでるよ」

「ああ、あの刑事が主人公のシリーズだろ? 俺も好きだな。あれ、何作もドラマとか映画化もされてるよ。多分ネットで配信もされてるから、観てみるといい。特に『麒麟の翼』と『祈りの幕が下りる時』は泣けるよ」

 純也さんはやっぱり読書が好きらしく、自分の好きな作品の話をする時の表情はイキイキしている。彼と好きな本が共通していることが愛美は嬉しかった。

 ここでも純也さんがモデルのイメージショットを数枚撮り、付近の町並みをブラブラ歩いてから、二人は車に戻った。

「――さて、愛美ちゃん。次はいよいよお楽しみの場所、日比谷(ひびや)の帝国ホテルへ向かいます」

「えっ、ホテル? そこがお楽しみの場所なの?」

 愛美は予想外の行き先に目を丸くした。
 帝国ホテルは愛美も名前くらいは知っている、言わずと知れた格式高い高級ホテルだ。今日は日帰りの予定なので泊まるわけだはないようだけれど、そこで一体何をするつもりなんだろう?

「うん。愛美ちゃん、〝ヌン活〟って知らないかな?」

 まだ車はスタートさせていなかったので、純也さんはスマホで何かを検索して画面に表示させ、愛美に向けた。

「あ、聞いたことある。もしかして……アフタヌーンティー?」

「大正解♪ 帝国ホテルのアフタヌーンティーは、宿泊客じゃなくても利用できるってことで有名でね。ぜひとも愛美ちゃんを連れて行きたくて、今朝予約したんだ」

「ああ、今朝のあれは電話じゃなくてネット予約……。だから昼食も軽めに、って」

「そういうこと。じゃあ行こう」

「うん!」

 初めてのデートで、そんなオシャレで高級感溢れるところへ連れて行ってもらえるなんて……! 愛美の胸は喜びとワクワクでいっぱいになった。


   * * * *


 純也さんが予約してくれていたアフタヌーンティーは、一階のレストランのものだった。
 館内は高級感が漂いながらも上品で、落ち着いた感じがする。辺唐院家のキラキラ・ケバケバした感じとはかけ離れていて、愛美はこちらの方が寛げそうだと思った。

「――すみません、アフタヌーンティーを二名で予約している辺唐院ですが」

「はい。ただいまお席へ案内致します。上着とお荷物、お預かり致しますね」

「あ、はい」

 愛美と純也さんはスマホと財布のみを持って、レストランのスタッフの女性に案内されたテーブル席に着いた。

「――愛美ちゃん、スコーンって食べたことあるかい?」

「そういえば……ないかも。スコーンってどんなのだっけ?」

 横浜にはパン屋さんがたくさんあるので、パン屋さんの店先に売られているのをみかけたことはあるかもしれない。でも、実際に買って食べたことはなかった。

「えーっと、イギリス発祥で、パンとクッキーの中間みたいな感じでね。アフタヌーンティーには欠かせないお菓子なんだ。イチゴとかブルーベリーのジャムをつけて食べると美味しいんだよ。パン屋にはチョコチップを練り込んで焼かれたものも売られてるね」

「へぇー……、美味しそう」

 今日食べてみてハマったら、今度パン屋さんでも買って食べてみようと愛美は思った。

「――お待たせ致しました。アフタヌーンティーセット、二人前でございます。ゆっくりお楽しみ下さいませ」

 やがて、二人の前に三段重ねのシルバートレーのティーセットが運ばれてきた。そのトレーには一段目に美味しそうなサンドイッチ、二段目にスコーン、いちばん上の段に小ぶりなケーキなどのスイーツが盛り付けられている。
 そして、ティーポットからは紅茶のいい薫りがしてくる。まさに映画や小説などで見る、貴族のティータイムの光景。

(わぁ……、こんなにステキな光景が現実にあるなんて!)

 〝あしながおじさん〟に出会っていなければ、愛美はきっとこの場に来ることもなかっただろう。でも、セレブの御曹司である純也さんに――〝あしながおじさん〟に出会えたから、ここに来ることができた。

(……でも、この人はまだ知らないんだろうなぁ。わたしが今そう思ってること)

「美味しそうだね、愛美ちゃん。じゃ、頂こうか」

「うん。いただきま~す」

 スタッフの男性に紅茶を給仕してもらい、愛美は純也さんにマナーを教わりながら、まずは下段のサンドイッチから食べ始めた。
 一度紅茶を味わい、そして生まれて初めて味わうスコーンに手を伸ばす。イチゴジャムをたっぷりつけてかぶりついた。

「……美味しい! 甘さ控えめでやさしい味がする」

「だろ? これは絶対、愛美ちゃんに食べさせたかったんだ。気に入ってもらえてよかった」

 スコーンは確かに美味しかったけれど、美味しく食べている自分を優しく見守る純也さんの笑顔もまた、愛美にとっては贅沢(ぜいたく)なごちそうだった。