拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】

「愛美ちゃん、何か欲しいものがあったら俺に言ってね。買ってあげるよ」

「そんなの申し訳ないよ。わたしは一緒に街を歩いて回れるだけで十分楽しんでるからいいの」

(純也さん、そんな〝パパ活〟みたいなこと言わないでよ……)

 愛美はちょっと悲しくなった。それじゃまるで、純也さんとお金目当てで付き合っているみたいじゃないか。
 それとも、〝あしながおじさん〟としてのボロが出かかっているんだろうか?

「わたし、別に純也さんにおねだりしたくて今日デートしてるんじゃないもん。だからそんなに気を遣わないで? 欲しいものがあったら、自分で買えるくらいのお金はちゃんと持ってるから。あんまり高いものじゃなければ」

「ああ……、そうか。ゴメン。今まで付き合ってきた歴代の彼女がそんな人ばっかりだったから、つい。愛美ちゃんは違ったよな」

 過去の恋人たちがそうだったから出てきてしまった、彼の悲しい(さが)。無意識にとはいえ、自分も同じように思われた愛美はちょっとばかりプライドが傷ついた。
 でも、そんな自分がイヤだといちばん思っているのは彼のはずだということを、愛美も分かっている。

「……ホントは、純也さんもあんなこと言うつもりなかったんだよね。だからもう気にしないで。次に行こ」

 愛美は彼のことを許して、次の場所へ行こうと促した。

「うん……。じゃあ、次は浅草に行こうか」


 二人は車へとって返し、銀座へ向かった。
 純也さんはここでもコインパーキングを利用し、(せん)(そう)()の雷門までは二人で歩くことにした。

「こんなにあちこち回るなら、車より電車の方が効率よかったかな。でも交通費がかさむし」

「そうだね。でもわたし、好きな人とドライブするの、ちょっと憧れてたから車の方がよかったよ。助手席に乗るのとか、恋人同士じゃないとあの距離感はなかなかできないことだし」

「そっか」

 ――二人は観光客でごった返す浅草寺へお参りし、(なか)見世(みせ)通りを歩いて回り、そこでも純也さんをモデルとしたイメージショットを撮影した。

「――愛美ちゃんは浅草寺でどんな願い事をしたんだ?」

「んー? 『純也さんが面白いって言ってくれるような、いい小説がいっぱい書けますように』って。純也さんは?」

「『愛美ちゃんが、たくさんの読者から愛される有名な小説家になれますように』って。もちろん、俺もその中の一人」

 彼は愛美の恋人であり、いちばんの愛美のファンでもあるのだ。そのために、〝あしながおじさん〟として援助してくれているわけで――。でも、愛美がそのことに気づいているとは、彼はまだ夢にも思っていないだろうけれど。

「……うん。わたし、絶対に純也さんが楽しめる小説を書くよ。その本が出たら絶対に読んでね。約束だよ」

「ああ、約束するよ」

 純也さんは愛美と指切りをしてくれた。寒空の下で指切りをしたので、どちらの指もヒンヤリと冷たかった。



「――さて、ちょっと早いけど昼食にしようか」

 合羽(かっぱ)(ばし)の道具屋筋なども回っていると、時刻は十一時半になっていた。

「うん。軽めのランチだと、どこがいいかなぁ? ハンバーガーとか?」

「いいんじゃないかな。むしろそれくらいでちょうどいい」

「えっ、ホントにそんなでいいの!?」

 愛美は思いつきで挙げただけなのに、純也さんはあっさりOKを出した。

「うん。俺、実はそういうファストフードとか、ジャンキーなのもよく食べてるんだよ。一人でも気楽に入れるしね」

「ああ……、なるほど」

 彼はお坊っちゃま育ちなのでもっとグルメなのかと思っていたけれど、意外と庶民的な食べ物も好むらしい。そういうところも、辺唐院家の人らしくないといえばらしくないかもしれない。

「そういえば、原宿に行った時もクレープ屋さんで注文が手慣れてたもんね」

「そういうこと。じゃ、行こっか。……支払いは各自で、にした方がいい?」

「そうしてもらった方が、わたしも純也さんに気を遣わなくていいからそっちの方がいいです」

 ――というわけで、二人はバーガーショップで軽めの昼食を摂った。テーブル席で向かい合い、純也さんは普通のハンバーガーを、愛美はチーズバーガーにかぶりつく。
 高くて美味しいものを食べているわけではないけれど、この方が愛美には気楽でいい。

「……あ、純也さん。口の横にケチャップついてる」

「えっ、マジで? どっち?」

「わたしから見て左側。じっとしてて、拭いてあげる」

 自分では拭こうとしない彼の顔の汚れを、愛美は甲斐甲斐しく紙ナプキンで拭いてあげた。

(……もう! 大の大人なのに世話が焼けるんだから!)

 まるで子供がそのまま大きくなったような人だと、愛美は母性をくすぐられた。三十歳の大人の男性なのに、「可愛い」と思ってしまう。

「……はい、取れた。これくらい、自分で拭けばいいのに」

「ありがとう。愛美ちゃんが世話を焼いて拭いてくれるかな、と思ってわざと拭かなかった」

「何それ?」

 純也さんの言い草が何だかおかしくて、愛美は笑い出した。
 十三歳も歳の離れた恋人と、初デートでこんなバカップルみたいなやり取りができるなんて思ってもみなかった。