そうして純也さんが先にアウターを羽織って退室していき、愛美はダイニングに残って珠莉にメイクを直してもらってから一旦部屋に戻り、バッグとコートを取って家を出た。


   * * * *


「――じゃあ、行こうか」

「うん!」

 こうして、純也さんが運転するSRV車は走り出した。

(初めての助手席……、緊張するなぁ)

 愛美にとってはこれが助手席デビューでもあった。
 後部座席は絶対に閉めなければならないわけではないシートベルトも、助手席では必須なので、それもまた緊張する要因だった。

「ね、純也さん。まずはどこに行くの?」

「やっぱり銀座かな」

「銀座か……。なんか大人の街っていうイメージだから、わたしみたいな子供が行ったら浮いちゃいそうだなぁ」

 〝銀座〟という街は、行ったことはないけれど何となく高級なイメージがある。愛美のような一般人、それもまだ高校生が行くのはどうもその街にそぐわない気がして仕方がないのだ。

「いや、最近はそうでもないよ。若者向けの複合ビルとか店も増えてきてるからね。それに、愛美ちゃんが書こうとしてる小説の話を聞いてると、銀座が主人公のイメージにいちばんしっくりくるかな、と思ってさ。つまり、俺がそういうイメージってこと?」

「べっ、別に純也さんがそういうイメージってワケじゃ……。確かに似合いそうだけど」

 (あー……、これじゃフォローになってないな)

 フォローしたつもりがドツボにはまってしまい、ひとり落ち込む愛美だった。

「…………そういえば純也さん、今日はダウンジャケットじゃないんだね。昨日は着てたけど」

 気を取り直し、話題を変えた。

「さすがに、銀座へ行くのにダウンはなぁ……と思ってさ。愛美ちゃんはどっちの俺が好み?」

「わたしはどっちも好き。こういうキチッとした純也さんも、年相応にカジュアルな純也さんも」

 そういえば、彼のコート姿を見たのはこれが初めてだったなぁと愛美は思った。寮へ遊びに来てくれたのは春先だったし、千藤農園で一緒に過ごしたのは夏だった。
 〝あしながおじさん〟として施設で後ろ姿を見かけたのは秋で、あの時はまだそれほど寒い時期ではなかったのでコートは着ていなかったと思う。

「そっか、どっちも好きか。ありがとう、愛美ちゃん。俺、コートを着るのはなんかオッサンっぽくて自分ではちょっとイヤだったんだよな」

「そんなことないよ。純也さんは背が高くてスラっとしてるから、モデルさんみたいに何着てても似合っちゃうんだもん」

「……そう、かな? 最高の褒め言葉ありがとう」

 純也さんはちょっと照れくさそうだった。でも、愛美はお世辞抜きに本気でそう思っているのだ。

「――あ、そうだ。昼食は軽めに済ませようと思ってるんだ。その後のお楽しみのためにね」

「そうなの? っていうか、その〝お楽しみ〟って何? ますます気になるなぁ」

 その〝お楽しみ〟は、昼食を軽くすることと何か関係があるんだろうか? 何か美味しいものが食べられる……とか?

「じゃあ……ヒントを一つあげよう。若い女性の間で流行ってる、ちょっとオシャレなことだよ」

「えー、何だろう?」

 高校に入学した当初は流行に疎かった愛美も、スマホを使いこなせるようになってからはだいぶ追いつけるようにはなってきた。そんな愛美に分かるようなことだろうか?

(まだ分かんないけど、やっぱり楽しみ)

 とはいえ、純也さんがおかしなところへ愛美を連れていくわけがないので、きっと楽しめるところなんだろうと予想はついた。


   * * * *


「さあ、銀座に着いたよ」

 初めて訪れる銀座の街で、愛美が最初に見たのは交差点に建つ、時計台が有名なビル。

「わぁ……、立派な時計台。わたし、TVで観たことあるかも」

「ああ、〈和光〉の時計台だね。ここは有名な怪獣映画で壊されたこともあるんだよ。もちろん映画用のセットで、だけど」

「あははっ、そりゃそうだよねー」

 純也さんが大真面目に、でも茶目っ気も交えて説明してくれたので、愛美は笑ってしまう。

 コインパーキングに車を停め、二人は〈和光ビル〉の前まで歩いてきた。

「……う~、寒い!」

「よかったら、俺のマフラー巻いとく?」

 純也さんが、自分の首に巻いていた焦げ茶色のマフラーを貸してくれた。素材そのものの温かさと、彼が直前まで巻いていたこともあって、首元がすぐに温かくなった。

「いいの? ありがとう。……あったか~い!」

「それ、カシミヤだからあったかいよ。でも色がなぁ。コートと同じく、なんかオッサンみたいで気に入らなくて。ホントはもうちょっと年相応な色が好みなんだけどな」

「純也さんの好きな色は?」

「ブルーとかネイビー系かな」

(……よし! バレンタインデーにはチョコだけじゃなくて、手編みのマフラーもプレゼントしよう!)

 実は、愛美は編み物も得意なのだ。――それはともかく。

「……そうだ、取材取材! 写真撮っとこう」

 愛美がスマホを横に構え、構図を気にしながら撮影するのを、純也さんは優しい眼差しで見守っていた。
 その眼差しは果たして〝辺唐院純也〟としてなのか、それとも〝あしながおじさん〟としてなのかどちらなんだろう?

「俺が入ったイメージショット、撮っとかなくていい? 実際にモデルがいた方がイメージ湧くだろ?」

「あ、そっか。じゃあ、撮らせてもらいます」

 というわけで、純也さんにはビルの前に立っていてもらい、もう一枚撮影した。


 ――二人はその後、〈GINZA(シックス)〉や高級ブランドのショップ、オシャレな靴のお店などでウィンドーショッピングを楽しみ、愛美はそれぞれのお店の前で純也さんをモデルにしたイメージショットを撮影して回った。