* * * *
「――おはようございます、叔父さま」
「おはよう、純也さん」
二人の少女がセカンドダイニングへ行くと、純也さんはスマホでどこかへ電話をしていた様子。
(純也さん、今日はわたしとデートだよね? 一体どこに電話を……?)
通話を終えた彼は、姪と恋人に気づいて振り向いた。
「おはよう、二人とも。――愛美ちゃん、昨夜はよく眠れた?」
「うん。緊張して寝られないかと思ったけど、ベッドの寝心地がよくて。……ところで、どこに電話してたの?」
「ふふふっ、それはお楽しみに♪ 愛美ちゃんが喜びそうなところだよ。今日も珠莉に髪型とメイクしてもらったのかい? いいね、可愛いよ」
「ありがと。今日はデート向きのヘアアレンジとメイクにしてもらいました」
純也さんに今日も褒めてもらい、愛美は照れたように自分の髪に手を遣った。こうして毎回褒めてもらえると、オシャレのし甲斐があるというものである。
「じゃあ二人とも、テーブルに着いて。そろそろ由乃さんが朝食を運んできてくれる頃だから」
「うん」
「ええ」
二人が席に着いたところへ、家政婦の由乃さんが若いメイドさんと二人で三人分の朝食を運んできた。
「おはようございます、みなさま。朝食をお持ち致しました」
由乃さんがクロワッサンを山ほど盛ったバスケットと取り皿、そして二人分のコーヒーポットとカップ、珠莉用のティーポットとカップなどが載ったワゴンを、メイドさんが三人分のスープのカップとスプーン、ベーコンエッグのお皿が載ったワゴンを押してきた。
「ありがとう、由乃さん。わざわざすまないね。後はこっちでやるから」
「坊っちゃま、痛み入ります。では、私どもはこれで失礼致します」
二人の使用人たちが下がっていくと、あとの給仕は純也さんがしてくれた。
「……ねえ、珠莉ちゃん。あの人たち、どうやってこれを運んできたの?」
「我が家にはホームエレベーターがあるのよ。それを使って運んできたの」
「へぇ、ホームエレベーターかぁ。便利だね」
純也さんは普段からし慣れているのか、愛美たちのそんな会話を耳に入れつつ料理を愛美と珠莉・自分の前に並べ、飲み物の給仕もしてくれた。コーヒーのお砂糖は各自で好みに合わせて入れるようにしたようだ。
「――愛美さん、食べた後にまた口紅を直してあげるわね」
「ありがと、お願い」
「じゃあ食べよう。ここではマナーなんか気にしなくていいからね、普段どおりに食べてくれ」
「うん。じゃあ、いただきま~す☆」
愛美はまず、コーンポタージュスープに手をつけた。スプーンで掬って口に運ぶと、コーンの優しい甘みが口の中に広がった。
「……美味しいし、あったまる~♡ なんか懐かしいなぁ」
「懐かしい?」
「うん。施設にいた頃ね、寒い日の朝ゴハンには毎回コーンポタージュが出てたの。わたし、あれがすごく好きだったんだ」
「そっか。愛美ちゃんにとってコンポタは施設の味なんだな」
「そういうこと。……ん、このクロワッサンもバターたっぷりで美味しい♪ ベーコンエッグの塩加減もちょうどいい」
ひと通り料理を堪能してカフェオレを飲む愛美を、純也さんはニコニコ笑いながら眺めている。
「愛美ちゃんって、何でも美味しそうに食べるね。見てる俺も幸せな気持ちになるな」
「あら叔父さま、ごちそうさまです。愛美さんはキライな食べ物がないんですものね。私も毎日寮の食堂で観てますけれど、本当に何でも美味しそうに召し上がるんですのよ」
「珠莉ちゃんって確か、トマトが苦手なんだよね? 千藤農園で作ってるトマト、食べてもらいたいなぁ。あれ、売ってるトマトと違ってすごく美味しいんだよ。ね、純也さん?」
「ああ。マジで珠莉にも食べさせたいよ。善三さんたちの作る野菜はどれも美味いから」
千藤農園で育てている作物はどれも無農薬で、規格外の野菜でも十分美味しいのだ。あのトマトを食べたら、きっと珠莉のトマト嫌いも克服できるだろう。
「――あー、美味しかったぁ! ごちそうさまでした」
三人とも、お喋りとともに食欲も弾み、朝食を残らず平らげてしまった。
「ごちそうさま。――俺、食事で一番大事なマナーは『いただきます』と『ごちそうさま』が言えることだと思うんだよな。だから、愛美ちゃんはちゃんとマナーができてるんだよ。さすが、いい施設で育ってきただけのことはあるな」
「純也さん……、それってわたし、喜んでいいところなの?」
「うん。褒めたんだから、そこは喜んでいいよ」
純也さんはきっと、昨日自分の義姉に施設育ちだということをバカにされて気を悪くした愛美をフォローしてくれているのだ。
「そっか……。純也さん、ありがとう」
「じゃあ叔父さま、片づけは私から由乃さんにお願いしておきますから、そろそろ出かける支度をなさったら? 愛美さんはちょっとお化粧直しをしましょう」
「そうだな、分かった。じゃあ、俺は先に家を出て車で待ってるから、愛美ちゃんは後から出ておいで」
「うん。じゃあ、後でね」



