――愛美は「ドキドキして眠れない……」と思いつつも、フカフカのベッドでぐっすり眠り、翌朝七時前に目が覚めた。

「わ……とうとう来ちゃった。純也さんとの初デートの日……」

 室内にある洗面台で、冷たい水で洗顔をしてパッチリと目が覚めた愛美は、クローゼットの扉を開けた。
 寮から持ってきた服はすべて、このクローゼットに移してある。ほとんどがこの家に滞在するために新しく買った服だ。

「初デートか……。今日、何着て行こうかな……」

 純也さんは基本、愛美がどんな服を着ていても「可愛い」「似合ってるよ」と言ってくれる人だけれど。デートとなると、やっぱり普段とは違う格好がしたくなる。いつもと違う自分を彼に見てほしいというのがオトメ心というものだ。

「……買ったばっかりの赤いニットワンピース、これにしよう。寒いから黒のタイツを穿いて、足元は茶色のブーツで……。あとはコートを着れば完璧かな」

 ニットワンピースはオーバルネックなので、中にピンク色のカラーシャツを着込む。第二ボタンまで開けて、身に着けた〝あしながおじさん〟から贈られたネックレスが見えるようにした。

「ヘアメイクはまた珠莉ちゃんにお願いしよう」

 髪型はともかく、簡単なメイクくらいは自分でできるようになりたいなぁと愛美は思う。たとえば口紅を塗るくらいは……。

「――愛美さん、おはよう。昨夜はよく眠れて?」

 コンコン、とドアがノックされて、開いたドアから珠莉が顔を出した。

「おはよ、珠莉ちゃん。うん、おかげさまで。……初デートの前だし、ドキドキして眠れないかと思ったけど」

「それはよかったわ。――純也叔父さまがね、朝食は二階のダイニングで、三人だけで食べましょうっておっしゃってるんだけど。あなたもそれでよろしくて?」

「うん、いいよ。っていうか二階にもダイニングがあるんだ?」

 ダイニングルームって、一軒の家に一ヶ所しかないものだと思っていたので、愛美はまた驚いた。
 確かに昨日の今日で、珠莉の両親や祖母と顔を突き合わせて朝食……というのは愛美のメンタルにかなりの悪影響が出そうだ。特に、珠莉の母親の顔を見たら何をするか分からないので自分でも怖い。

「ええ。じゃあ、朝食は八時ごろにね。――あら、ずいぶん気合いを入れてオシャレしたのねぇ。叔父さまもきっと『可愛い』『ステキだ』って褒めて下さるわよ」

「えっ、ホントに? だといいな……。あ、珠莉ちゃん。また昨夜みたいに髪型とメイク、お願いしてもいいかな? 今日はもうちょっと簡単なのでいいから」

「よろしくてよ。じゃあ、私の部屋にいらっしゃい」

「うん、ありがと」

 昨夜と同じように珠莉の部屋へ行き、ドレッサーの前の椅子に座った愛美に、珠莉がヘアメイクを始めた。

「――今日は街を歩くんだから、髪型は……そうね、五月に原宿へ行った時みたいな感じでどうかしら? さやかさんみたいに上手にはできないかもしれないけど」

「ああ、いいねぇ。大丈夫、やってもらうんだから、わたし文句は言わないよ」

 というわけで、ヘアスタイルは編み込みを取り入れたハーフアップに決まった。「さやかほど上手くできない」と珠莉は言ったけれど、愛美にはその出来映えがあまり変わらないように見えた。

「メイクは昨夜のパーティーの時ほどしっかりしなくてもよさそうね。ベースとリップくらいでいいかしら。リップの色は……これなんかどう?」

 珠莉が勧めた口紅の色は、オレンジがかった淡いピンク色。この上からグロスを乗せれば、可愛くて少し大人っぽい口元になるだろう。

「うん、いいかも」

 というわけで、珠莉は手早くメイクに取りかかる。自然な仕上がりになるようファンデーションを薄く肌になじませ、その上から軽くフェイスパウダーをはたき、リップブラシで口紅を塗り、別のリップブラシで淡いピンク色のグロスを薄く重ねた。

「……はい、できましたわ。仕上がりはどう?」

「おぉ……、可愛くなってる。ね、珠莉ちゃん。リップの直し方、わたしにも教えてくれない?」

「ええ、いいけど……。よかったら、この口紅はあなたに差し上げてよ。使いかけで申し訳ないけど。落ちたら塗り直すだけでいいから」

「いいの? こんなに高そうな口紅もらっちゃって」

 珠莉がくれた口紅は高級ブランドのもので、多分これ一本だけで数千円はする代物だ。当然ドラッグストアなどでは売られておらず、デパートなどのコスメ売り場でしかお目にかかれない。

「いいのよ。私はまたいつでも買えるし、今日は何たってあなたと純也叔父さまとの初デートですもの。記念に差し上げるわ」

「……うん、ありがと」

 愛美もお年頃の女の子なので、一応リップクリームとコンパクトミラーの入ったポーチくらいは持ち歩いている。この口紅もそこに入れて持っていくことにした。

「――さ、叔父さまはもうダイニングにいらっしゃるはずだから、朝食を頂きに行きましょう」

「うん」

 愛美は珠莉に案内され、二階の中央にあるというセカンドダイニングルームへ向かった。