「――ところで純也さん。今のわたし、どう……かな? 髪とメイク、珠莉ちゃんがやってくれたの」

「珠莉が?」

「うん。……どうかな?」

 純也さんは(ほう)けたように愛美をしばらく見つめた後、やっと感想を言ってくれた。

「…………うん、スゴく可愛いよ。ドレスもよく似合ってる」

「ありがと! このドレスは田中さんからのクリスマスプレゼントなの。っていうか、わたしが今身に着けてるもの一式」

「……へぇ、そうなんだ」

(あ、純也さん、気づいたな。わたしが今着てるのが、自分が選んだものだって)

 〝あしながおじさん〟こと田中太郎氏の正体が純也さんだと分かっている愛美には、彼のリアクションがわざとらしく感じた。けれど、知らないフリをしていることに決めたので、それはあえてスルーした。

「……あ、そうだ。わたしからも一つ、純也さんにお願いがあるんだけど」

「愛美ちゃんも? なに?」

「わたし、今度長編小説を書くことになって。また純也さんを主人公のモデルにしようと思ってるんだけど」

「え、また俺がモデル?」

「愛美さん曰く、叔父さまは小説のヒーローに持ってこい、なんですって」

「うん。……でね、舞台を東京にしたいんだけど。純也さんに、わたしがまだ行ったことない東京の名所とか案内してもらいたいなぁ、って」

 脱線しかけた話を戻し、愛美はお願いを言った。

「いいよ。明日、一緒にあちこち回ろう。前回は渋谷~原宿方面だったから、(ぎん)()とか浅草(あさくさ)とかかな」

「うん、いい! あと、スカイツリーにも行ってみたいな」

「いいね。じゃあそこも」

「やったぁ♪」

「あらあら。愛美さん、よかったじゃない。純也叔父さまとデートできることになって」

「で……っ、デデデ……デート!?」

 珠莉の口から思いもよらない言葉が飛び出し、愛美は思いっきりうろたえた。

(好きな人と二人きりでお出かけ……。そっか、それって「デート」ってことになるのか……)

「こら、珠莉! からかうんじゃない! ……でも、そういえば俺と愛美ちゃんってデートらしいデートはしたことなかったな」

「あ……そういえば、そうかも。夏には長野で二人きりで色々遊んだりしたけど、あれはデートにならないし」

 バイクでツーリングしたり、二人で山登りをしたり……は〝デート〟のカテゴリーに入れていいものか……。

「じゃあ、明日が初デートか。二人で思いっきり楽しんで来ような。もちろん、浮かれて遊んでばっかりじゃなくて、ちゃんと執筆のための取材もしてね」

「わ……分かってます!」

 愛美は純也さんに噛みついた。
 人生初のデートはもちろん楽しみだし、ドキドキもしているけれど、本来の目的はあくまで新作執筆のための取材である。明日はちゃんとスマホも持っていって、銀座や浅草・スカイツリー周辺の街並みやお店などの写真をたくさん撮っておこうと思った。

(でも……初デート。もちろん取材もしなきゃだけど、楽しみすぎる……)

「――もうすぐクリスマスパーティーが始まるな。二人は先に行っといて。俺は後から行く」

「はーい」

「分かりましたわ。叔父さま、相談に乗って頂いてありがとうございました」

 愛美と珠莉は、一足先にパーティー会場である一階のメインダイニングへと下りていった。


   * * * *


 ――辺唐院家で行われるクリスマスパーティーは、牧村家のそれとは趣向も規模も大違いだった。

 食事は立食スタイルなのでテーブルマナーをうるさく問われることはないし、ケーキなどのスイーツも出されている。のだけれど。
 招待客は多いし、それもセレブばかり。話す内容は高級ブランドだの、身に着けているジュエリーがいくらかかっただの、株や投資の話題だのという上辺だけの会話ばかりで、その人自身の話題や身近な話題はほとんど出てこない。

 愛美も「これも取材の一環」と、どうにか話に食らいつこうと頑張ってはみたけれど、元々が次元の違いすぎる人たちの話題なので、聞いたところでまったく理解が追いつかなかった。
 
「う~……、疲れたー……」

 脳が完全にキャパオーバーを起こし、テーブルにグッタリと突っ伏していると、目の前にクラッシュアイスが浮かんだ冷たいオレンジジュースのグラスがゴトリと置かれた。

「愛美ちゃん、お疲れ。こういう雰囲気って、慣れてないと疲れるよな」

「あ、純也さん……。ありがと」

 顔を持ち上げると、グラスを置いてくれたのは遅れて下りてきた純也さんだった。
 自分も飲みかけのオレンジジュースのグラスを持っていて、愛美が持ち上げたグラスに「乾杯!」と軽くコツンと合わせた。

「食事は済んだ? こういうところじゃ、あんまり食が進まないだろうけど」

「ううん、けっこう食べられたよ。美味しそうなものがいっぱいあったから。……ジュース、いただきます」

 ジュースを一気に半分ほど飲んだ愛美は、ホストとして招待客の社交辞令に付き合っている珠莉に視線を移す。

「珠莉ちゃんはスゴいなぁ。あの輪の中にすんなり入っていけるんだもん。わたしはムリだったなぁ。何ていうか、わたし一人だけハブられてるような疎外感が……。今も多分、純也さんがいてくれなかったら一人だけ浮いてたよ」

「まあ、珠莉は小さい頃からこういう場に慣れてるからな。俺はキライだけど、今日は愛美ちゃんが壁の花にならないようにここにいるんだ」

「〝壁の花〟?」

「うん。欧米では、パーティーの席で誰からも話しかけられない人のことを〝壁の花〟って言うんだよ。何かちょっとシャレてるだろ?」

「ふふふっ、うん」

 確かに、彼がいてくれなかったら愛美は一人だけ疎外感を感じてパーティーを楽しめなかった。
同じくこういう場が好きじゃないという純也さんがいてくれてよかった、と愛美はホッとしていたのだった。