――夕食と大浴場での入浴を済ませると、愛美は机の前に座った。
 ちなみにこの寮にはそれぞれの部屋にも浴室があり、どちらで入浴しても自由なのだけれど、それはともかく。

 新品の横書き便箋の表紙をめくり、ペンを取ってしばし悩む。

(手紙ってどう書いたらいいんだろう?)

 考えてみたら、愛美はこれまでに手紙らしい手紙を書く機会がほとんどなかった。そのため、ちゃんとした書き方を知らないのだ。

 悩んだ末、思ったことをそのまま書こうと結論づけ、便箋にペンを走らせた。


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『拝啓、心優しい理事さま

 横浜の茗倫女子大付属高校に到着しました。ここに来るまでは初めての経験が多くて、ワクワクしました。
 この学校は大きくて、まだどこにどんな建物があるのか()(あく)しきれていません。ちゃんと分かったら、お知らせしたいと思います。
 そして、学校生活についても。今はまだ土曜日の夜です。入学式は月曜日ですが、「これからよろしくお願いします」とまずは一言ご挨拶したくてこの手紙を書き始めました。
 このお話を聞いてから半年間、わたしはあなたのことをずっと考えてきました。「一体どんな人なんだろう?」って。
 でも、あなたに関する情報がほとんどないので困っています。偽名だって、〝田中太郎〟なんて「いかにも偽名です!」みたいなお名前でしょう?
 他に知っていることといえば……。

 ・長身だということ
 ・お金持ちだということ
 ・どうやら女の子が苦手らしいということ

 の三つだけなんです。
 というわけで、他の呼び方をわたしなりに考えてみました。
 まずは「女性恐怖症さん」。でも、これじゃわたしの自虐になってしまいますね。本当にそうなのかもわかりませんし。
 次に「リッチマンさん」。でも、これじゃあなたがお金持ちだということを皮肉っているみたいですよね。この不景気で、どれだけ頭の切れる人だって投資や株で失敗しますから。
 でも、長身だということだけはずっと変わらないと思うので、わたしはあなたのことを「あしながおじさん」とお呼びすることにしました。勝手に決めてしまってすみません。お気を悪くしないで下さい。親しみをこめたニックネームですから。
 最後に、スマホを送って下さってありがとうございます。早速できたばかりのお友達に使い方を教わりました。
 もうすぐ消灯時間です。寮という一つの建物で大勢で生活していくんですから、ルールはきちんと守らないと。
 では、失礼します。これからよろしくお願いします。  かしこ

四月三日  双葉寮二〇六号室       相川 愛美
田中あしなが太郎さま  

P.S. こうしてきちんとルールを守っているの、偉いってほめて下さいますか? 施設で長く暮らしてきたの、伊達(だて)じゃないんですよ。』                         

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 ――〝あしながおじさん〟こと田中太郎氏の住所は聡美園長から教えてもらっていて、手帳にメモしてある。
 東京(とうきょう)世田谷(せたがや)区。住所からして、高級住宅地に住んでいるらしい。 
 
(この住所で秘書さんの名前にして届くってことは、もしかして同じ家に住み込んでるのかな……?) 

 そんな疑問を抱きつつも、愛美は書き終えた手紙を四つ折りにして封筒に入れ、あて名を〈久留島栄吉様方 田中太郎様〉と書いた。
 切手はここまで来る途中の郵便局で買った、きれいな切手シート。十枚が一シートになっていて、千百円だった。
 果たしてこの切手シートがいつまでもつか。きっと新しい発見があるたびに、あしながおじさんに手紙を書くんだろうなと愛美は思った。


   * * * *


 この手紙は翌日にポストに投函し、そのさらに翌日――。

 クローゼットの鏡の前で、愛美は真新しい制服に身を包んだ自分の姿を感慨(かんがい)深げに見つめていた。

(いよいよ、わたしの高校生活が始まるんだ――!)

「愛美ー、そろそろ行くよー」

「うん、今行く!」

 廊下からさやかの呼ぶ声がする。黒のハイソックスのよれを直してから、愛美は返事をした――。