君が星を結ぶから

 「さぁ、蒼と茜。ケンカしてても、つまんない。トカゲ探し大会でも開こうか」


 先輩がぱんぱんと手を叩いてそう言うと、「よーし。俺がいちばんに見つけてやる」と張り切る蒼君。


 そのとなりで「流星君ってけっこうドジなのにトカゲ捕まえれるの〜?」と、茜君がにやにやする。


 「言ったなぁ、茜!それじゃ、よーい。スタート」


 先輩の合図で、トカゲ探し大会が始まった。


 すぐに先輩がロッカーの隅っこにいるトカゲを見つけ、「悪いね、僕の勝ちだ」と手を伸ばしてトカゲを掴んだ。


 しかし、持ったところが尻尾の部分で、トカゲは尻尾を切ってまた逃げてしまった。


 「あー、くっそー。惜しい!」と悔しがる先輩を見て、「これは俺の勝ちかな」「も〜、だから、言ったじゃん」と蒼君と茜君がけらけらと笑う。


 そのあとも三人でトカゲを追うが、結局捕まえることができず、最後にロッカーと壁の小さい隙間に逃げ込んだトカゲを、三人とも隙間に手が入らなかったので、それを見ていた手が小さい緑莉ちゃんがひょいっと捕まえた。


 トカゲを追って小学生と部屋を駆け回る先輩は、今まで私が思っていた種高の流星のイメージとは大きくちがった。


 種高の流星といったら歌とギターが上手くて、容姿端麗、勉強やスポーツもできて性格も優しい。まさに完璧イケメンというSNS状でのイメージがあったからだ。


 きっとSNSを見ている高校生や中学生だったら、そんなイメージをしているはず。


 でも学童での流星先輩は、SNSでの完璧イケメンや、私と付き合っていたときの大人っぽさより、無邪気な感じで、フレンドリーで少しおっちょこちょいなところがあって、子どもたちの優しいお兄ちゃんのような存在だ。


 今まで知らなかった先輩の一面が知れて私は嬉しい気持ちになった。


 そのとき「しまったー!あー、ごめんっ」と言いながら、朝陽さんが慌てて戻って来た。


 「ごめん。私てっきりあなたが今日面接に来る人だと思ってかんちがいしてた。さっきの電話が本当に面接を予定してた人からで、今日来れないって電話だったの」と、朝陽さんが私に向かって頭を下げる。


 「ごめんなさい。私も言い出せなくて本当にごめんなさい」と、私も何度も謝罪したあと改めて自己紹介をした。


 「桜舞中学に通っている星尾結です。実は学童ってどういう場所かなって興味があって、アルバイト募集中って可愛いポスターもあったし」


 本当のことを言うわけにはいかないので、私は咄嗟にポスターを思い出したのでそう言ってしまう。


 「そっか。結ちゃん、まだ中学生なんだ。ごめんね、中学生はアルバイトには勧誘できないんだ」と言ってうーんと考え込む朝陽さんに、「ボランティアでいいので、たまに来てもいいですか」と私は訊ねた。


 もともとの目的である先輩と朝陽さんの関係を探るということだけでなく、純粋に学童という場所が、素敵な場所で興味が湧いたからだ。


 「すごく嬉しい。ぜひ来てね!じゃあ、なにかイベントをやるときは結ちゃんのこと誘っちゃおうかな。流星君と知り合いなんだよね。私からもしようと思ってるけど、たぶん忙しくて連絡しそびれちゃうから、なにかあったら流星君からも連絡するよう彼に伝えておくね」


 え、先輩のほうから連絡してきてくれるなんて思ってもない幸運。心の中で朝陽さんありがとうございますと私は叫んだ。


 次に、初めに朝陽さんが言っていたあることが気になっていたので質問してみた。


 「朝陽さんって臨時の正規指導員なんですよね?なんで臨時なんですか?」


 「そうそう、私の本業は保育園の先生なんだ〜」と応えてくれた朝陽さん。


 こんがらがってしまった私が首を傾げて「え、どういうことですか?なんで保育士さんが学童に?」と訊くと、朝陽さんが詳しく説明をしてくれた。


 「私はもともと、にじそら学童と同じ社会福祉法人の保育園で働く保育士なの。でも、この学童で長く働いていたベテラン指導員が定年退職したり、もうひとりの若い指導員も産休に入って人手不足の大ピンチが起こったの。そこで、私がピンチヒッターでここに来たってわけ。今のところ学童保育をやるのに必要な国家資格は存在しなくて、だから保育士でもやれるんだけど、学童保育って専門性の高い仕事だから、本当はちゃんと専門的な免許があるといいんだよね。一応、学童指導員の講習というものがあって私もそれを受けに行ったんだけどね」


 へ〜。学童の指導員って資格とかなくてもできるんだ。でも、それなら…と、また私の頭に疑問が浮かぶ。


 「資格なしでもやれるなら、いろんな人がやれるはずなのに、なんで学童の指導員は人手不足なんですか?」


 すると、「結ちゃん、なかなか痛いところを突くねー」と苦笑いをしながら朝陽さんはまた教えてくれた。


 「その原因は子どもたちの命や心を守る大切なお仕事なのに、給料が安くて長時間労働だからだよ。学童の指導員というのはね、保育士よりも世の中ではまだまだ知名度が低くて、指導員たちの働く決まりが充実していないの。近年、女性の社会進出が進んだことで共働き家庭が増えてものすごく需要がある、今の社会には絶対に必要なお仕事なんだけどね」


 その話を聞いてからなんで朝陽さんは保育士だったのに、もっと過酷な学童の指導員をやろうと思ったのか純粋にわからなかった。


 「朝陽さんは、もともと学童の指導員をやりたかったんですか?」


 そう訊ねると、朝陽さんは首を横に振ってこう答えた。


 「んーん、ぜんぜん。だって私は幼い頃から憧れてた保育士さんがいてね。その人の影響で保育園の先生になりたいって思ってたんだ。でも、にじそら学童がピンチだって園長先生から相談されてね〜」


 「え?それで、ここに来ることになったんですか?そんなの、まるで朝陽さんが大変なことを押し付けられたみたいじゃないですか」


 私は思わずそう言ってしまった。すると、朝陽さんは微笑みながらこう答える。


 「ふふふ、押し付けられてなんかないよ。だって私は自分から志願してここに来たんだ。どこもかしこも人手不足な学童保育。それでも現場の子どもや親は信頼して安心できる学童を必要としている。そして、そこで働く指導員も、自分が役目を終えて定年できたり、安心して自分の子どもを産んで育てる時間が保障されなければいけない。学童の子ども、親、指導員のみんなが守られるべきだと私は思ってる。私ができる保育という専門技術が目の前の困ってる人たちのなにか力になれるのなら、それが保育士じゃなくても喜んで力になりたいんだ」


 私は心底驚いた。こんな大人を初めて見たからだ。朝陽さんは私が知っている学校やSNSの中じゃ見たことがない種類の大人だ。


 うちの学校の先生たちは、正直、勉強と進学のことばかりで生徒ひとりひとりの気持ちには優しく寄り添ってはくれない。SNSの大人だって子どもじみた暴言コメントしている始末。


 だから私は今まで身近な大人に対し、尊敬の念をあまり抱いたことがない。


 でも朝陽さんはちがう。まるで漫画やドラマの世界に出てくるヒーローのような大人だ。太陽のようにあたたかく優しい信念を持った、こういう大人も世の中にはいるのだと知ることができた。


 しかし、その反面。朝陽さんの魅力にたかだか中学生の私が対抗できるわけもなく、きっと流星先輩はそんな朝陽さんに惹かれてしまっているのだろう。そんなことを考えてしまう卑しい自分がいた。


 はぁ。異性で年上で、こんな魅力的な人が近くにいたら好きになるに決まってるじゃん。