君が星を結ぶから

 平凡な私なんかが種高の流星と付き合えてしまったという、ここまではシンデレラストーリーだったのだが世の中そう甘くはない。


 一ヶ月記念日に、ふたりで桜舞公園に流星群を見に行ったとき、私は流星先輩に振られてしまったのだ。


 その日は双子座流星群が今夜見れると朝からニュースでやっていて、私の塾が終わったあと流星先輩と桜舞公園で星を見る約束をした。


 私が公園の入り口に着くと、もう流星先輩はそこに立って待っていた。


 「すみません。待たせちゃいましたか?」と訊くと、「僕、待つの好きだからいいよ」と先輩は優しく微笑む。


 夜の公園をふたりで歩く。大好きな人と星を見るために夜の公園を歩くなんて、こんな夢のようなシュチュエーションにワクワクが止まらない。それに相手はあの完璧イケメン種高の流星だ。


 今日、初めてキスとかするのかな。そう思いながら、学生鞄からリップをさっと出してさりげなく唇を潤わす。


 先輩に少しでも可愛く見られたくて星形のネックレスもつけてきた。


 しかし、あれやこれやと期待を膨らませながら歩いていたら、私の不注意で足元が見づらい暗闇で段差につまづいてしまう。


 すぐに先輩の手がさっと伸びてきて転倒しかけた私を咄嗟に受け止めた。


 「おっと、危ない。気をつけてね」


 優しくそう言って微笑む先輩の顔は、暗闇の中でも夜空に煌めく星のように神々しくて、「あ、ありがとうございます」とお礼をした私の頬は一瞬で熱を持つ。


 本当はもっと夜遅くのほうが星がよく見えるのだけど、私の門限が九時までなので仕方がない。


 ふたりで中央広場のベンチに腰を下ろす。


 そのとき、私はあることに気づいて「あっ」と声が出た。


 すぐに先輩が、「どうしたの?」と訊ねる。


 「さっき転びそうになったときネックレス落としちゃったみたいで。あー、私なにやってんだろ。いつもこんな感じでドジなんですよ、ははは」


 先輩に可愛いと言ってもらえたお気に入りのネックレスだったので、落としてしまったことがすごくショックだったけど、雰囲気を悪くしたくなくて苦笑いをしてなんとか誤魔化す。


 この暗闇の中だ。きっと探したって見つかりっこない。そう思って諦めることにした。


 すると先輩がすっと立ち上がって、「ちょっと自販機でジュースでも買ってくるね。すぐ帰ってくるから待ってて」と言い残し颯爽とどこかに行ってしまった。


 ひとりベンチに座って待っていたが、すぐ戻ると言ったわりに少し遅い気がする。


 心細くなってきたし先輩のことが心配になり探しに行こうと思い立ち上がると、「お待たせー。ごめん、少し遅くなっちゃった」と先輩が息を切らせて帰ってきた。


 よく見ると先輩の膝や肘が土で汚れている。


 「なにかあったんですか?」


 私が先輩にそう訊ねると、「はい。これ結のでしょ」と言って先輩は自分の手のひらに、私が落としたはずのネックレスを乗せてにっこり笑った。


 「もしかして、今探してきてくれたんですか?だから、そんな服が汚れちゃったんですか?」


 「結のネックレス見つかって良かった。ジュースも買ってきたから一緒に飲みながら星を見ようよ。あ、でも、僕の服汚れてるから近づかないほうがいいかも。僕ってドジだなぁ、ははは」


 けろっとした顔でそう言って微笑む先輩に、私は自分の服が汚れることなんて、ぜんぜん気にせずぎゅっと抱きつく。


 先輩の笑顔が、優しさが、全部が愛おしい。


 「ちょっと、結っ。結の服が汚れちゃうって」と、自分のことは気にせず、私なんかのことばっか気にしてくれる先輩が好きで好きでたまらない。こんなかっこよくて優しい流星先輩の彼女であることを本当に嬉しく思う。


 そのとき、先輩の綺麗な瞳が夜空を見つめてはっと大きく開く。


 「結、空を見てごらん」


 私も夜空を見上げる。すると一瞬ぱっと輝いてひとつの光が夜空に線を描くように流れた。


 「あっ、今、光った!先輩も見えましたか?」


 私がはしゃいでそう言うと、「うん。見えたよ。願い事しなきゃね」と先輩が私の耳元で甘い声で囁く。


 星が何度も瞬くたびにふたりの心が近づいていく気がした。先輩と抱き合ったまま、私は目を閉じてこう願う。


 これからも、ずっと先輩のとなりにいられますように。


 欲張りな私はさらに願う。できれば今先輩とキスができますように。


 「先輩、好きです」


 そう呟いて、私は目を閉じて唇を差し出す。


 すると先輩は、私の願いに応えるように優しく唇を重ねてくれた。


 名残惜しくも先輩の唇が離れたあと、私は喜びと幸せを存分に感じながらそっと目を開く。しかし目の前にいたのはひどく悲しい表情を浮かべた先輩だった。


 え?なんで?私はなにか間違えたの?と、そんな疑問さえも束の間。先輩はこう言った。


 「ごめん、結。僕たち別れよう」


 私はまったく思考が追いつかない。夜空に舞い上がるほどの私の喜びは冷たい海の底に落ちたような悲しみへと一瞬で変貌し、目からは涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


 「なんでですか…。私が彼女じゃいやですか?」


 嗚咽しながらやっとの思いでそう言葉にすると、先輩が静かに口を開いた。


 「ごめん。僕は今、結のことが好きかわからない。結、今年受験で種千高校受ける気でいるでしょ。やめたほうがいいよ」


 もう、これ以上なにも聞きたくない。私はその場にいることがつらくて逃げるように駆け出す。


 公園を出てそのまま泣きながらとぼとぼと歩いて家に帰った。


 この日から先輩とは一度も連絡を取り合っていない。