あれから一ヶ月が経ったある日。先輩からDMが届いた。
【あれから、ちゃんと父さんと話せたよ。背中押してくれて本当にありがとう。結に伝えたいことあるんだけど、都合いいときある?】
私も学園祭のとき、言葉足らずで伝えきれなかった想いを、今度は私がちゃんと先輩に伝えなければならない。
【私も先輩に伝えたいことがあります。塾が終わったあとになってしまいますけど、明日の夜とかどうですか?】
【じゃあ、結の塾が終わったあとに桜舞公園で】
【わかりました】
そして、次の日。塾が終わったあと、桜舞公園に向かう足が少し重い。その理由は、あの日と同じシュチュエーションだからだ。
喜びの絶頂から、先輩に振られて絶望し、深い海の底へと急降下してしまった星降る夜。
あの日から、何回先輩のことを考えてひとりで泣いただろうか。
この恋をつづけて良いものか悩んだだろうか。
そして、叶わない恋に胸を締め付けられたことか。
先輩の思わせぶりにも何回も苦しめられた。
それも今日、全部終わらせよう。
私は自分が振られてしまったときに伝えきれなかったこと、学園祭のときに言葉足らずになってしまった自分の想い、その全部を今から先輩に伝える。
桜舞公園の中央広場に着くと、先輩はベンチに座って星を眺めていた。
「すみません、先輩。お待たせしました」
私が頭を下げると、「ぜんぜん待ってないよ。来てくれてありがとう」と言って、にっこり微笑んだ先輩がとなりに置いていた自分の学生鞄を膝の上に乗せたので、私は開いたスペースに腰を下ろした。
「結がこの前、信じてるって応援してくれたから、ちゃんと父さんと話してこれたよ。自分の夢についても全部話してくることができた」
先輩がとなりで嬉しそうに微笑んでそう言った。
「良かったです」
「なんで僕が大学行かなきゃいけないのってのも、ちゃんと父さんに聞いてこれた」
「なんて言われたんですか?」
すると先輩は、「父さんは、保育科のある大学に行って、子どもに携わる専門知識をちゃんと学んでほしいって言いたかったんだって。学童の指導員になりたいって夢を反対されてるって、僕のはやとちりだったみたい。もっと給料が良いべつの仕事にしろとか、就職の幅が広がるから、みたいなこと言われるって勝手に思い込んでた」と苦笑いをしながら答えてくれた。
先輩は話をつづける。
「僕は父さんのことを、親子だからよく知ってると思ってた。あの人はいつも心に余裕がなくて、頭ごなしに叱ってくるし、子どもの想いなんて、大切にしてくれないのだろうなって思ってたけど、ちょっとちがったみたい。学童に僕と弟をあずけっぱなしにしてたのも、母さんがいなくなった直後、急に子育てでひとりぼっちになってしまって、冷静な判断ができずにいた自分より、プロの力を借りたほうが僕と弟にとって良いと判断したからなんだって。ちゃんと面と向かって話し合ってみると、なんか父さんの印象が少し変わったよ」
「良かったです。仲直りができて」
「うーん、仲直りっていうのかな…。よくわからない感覚なんだ。積み重なったものがあるから、今でも父さんのことは苦手なんだ。でも、前よりはちょっと好きになったし、父さんの素敵なところも見つけたんだ」
「どんなとこが素敵だったんですか?」
目を丸くして私は訊ねた。すると、先輩は少しはにかんでこう答える。
「今でも一途に母さんのことが大好きってところ!父さんと話してるさ、母さんのこんなところが可愛かったとか、自分がだらしがないからよく怒られたとか、母さんとの惚気話ばっかするんだよ。母さんがいなくなったのは何年も前なのに、まるでつい最近の出来事のように母さんとの思い出を話す父さんは、すごく楽しそうだった」
次に先輩はなにかを思い出し、自分の学生鞄から可愛らしいパステルカラーの封筒を取り出した。
「手紙ですか?」と訊くと、「うん。この手紙はね、母さんからのなんだ。僕が思春期になって悩んだら渡してくれって父さんが頼まれてたみたいで、昨日もらったんだ。実は僕もまだ読んでなくて…。良かったら結も一緒に読んでくれないかな?」
「そんな大切な手紙、私なんかと一緒に読んでもいいんですか?」
私が慌てて確認すると、「結だから、一緒に読みたいんだ。実はひとりで読むの緊張しちゃってさ、ははは」と先輩が苦笑いをする。
「私なんかでいいのなら」
私がうなずくと先輩が封筒をゆっくりと開ける。その中からは一枚の便箋が出てきて、ふたりでそこに書いてある文字を読んだ。
「母さんって、こんな丸くて可愛い字なんだ」と、となりで先輩がくすっと笑う。
ふたりの距離が近すぎて時折肩が当たったが、先輩はまったく気にしていない様子だったので、私も気にしないことにした。
【流星へ】
【まず初めに、大きくなったあなたの側にいられなくてごめんね】
【思春期の流星は、あまり父さんとは話さなくなったかな】
【今、どんなふうだとしても、家族というのは、いざというときは、どんなときも流星を助けるからね】
【本当に困ってしまったときは、父さんに相談して力を借りるんだよ。必ず、あなたの力になると、母さんと約束してあるからね】
【母さんが教えたギターは、まだやってるかな。仲の良い友達とは、たくさん遊んでほしい。好きな子がいるなら、大切にしてあげてね】
【夢や目標があるのなら頑張ってね。いつでも応援しているよ】
【今の自分に自信がないときがあっても大丈夫だからね。ありのままの流星でいい】
【母さんが見てきた流星は、弟のめんどうみが良くて、いつもみんなに優しくて、やりたいと自分で決めたことは、いっしょうけんめいがんばれる、あなたでした】
【母さんは、そんな流星を信じてる】
【だから、ときに失敗したとしても大丈夫。そんなこともある】
【周りからの評価よりも、自分と、自分が信頼してる人のことを信じてほしい】
【いつでも、母さんは空から見守っているよ。流星、大好きだよ】
手紙を読み終えたあと、不覚で勝手なことに、私は堪えきれず涙があふれてしまった。
「ごめんなさい。先輩が泣いてないのに」
なんとか謝るがひどく嗚咽してしまう。
先輩は手紙を大切に封筒に戻し、学生鞄に入れると、すぐに私の涙を指で拭きながら優しくこう言ってくれた。
「ありがとう、結。手紙を一緒に読んでくれて、そして、泣いてくれて、本当にありがとう」
月明かりで照らされた、先輩の綺麗な硝子玉のような瞳にも涙がたまっていた。
【あれから、ちゃんと父さんと話せたよ。背中押してくれて本当にありがとう。結に伝えたいことあるんだけど、都合いいときある?】
私も学園祭のとき、言葉足らずで伝えきれなかった想いを、今度は私がちゃんと先輩に伝えなければならない。
【私も先輩に伝えたいことがあります。塾が終わったあとになってしまいますけど、明日の夜とかどうですか?】
【じゃあ、結の塾が終わったあとに桜舞公園で】
【わかりました】
そして、次の日。塾が終わったあと、桜舞公園に向かう足が少し重い。その理由は、あの日と同じシュチュエーションだからだ。
喜びの絶頂から、先輩に振られて絶望し、深い海の底へと急降下してしまった星降る夜。
あの日から、何回先輩のことを考えてひとりで泣いただろうか。
この恋をつづけて良いものか悩んだだろうか。
そして、叶わない恋に胸を締め付けられたことか。
先輩の思わせぶりにも何回も苦しめられた。
それも今日、全部終わらせよう。
私は自分が振られてしまったときに伝えきれなかったこと、学園祭のときに言葉足らずになってしまった自分の想い、その全部を今から先輩に伝える。
桜舞公園の中央広場に着くと、先輩はベンチに座って星を眺めていた。
「すみません、先輩。お待たせしました」
私が頭を下げると、「ぜんぜん待ってないよ。来てくれてありがとう」と言って、にっこり微笑んだ先輩がとなりに置いていた自分の学生鞄を膝の上に乗せたので、私は開いたスペースに腰を下ろした。
「結がこの前、信じてるって応援してくれたから、ちゃんと父さんと話してこれたよ。自分の夢についても全部話してくることができた」
先輩がとなりで嬉しそうに微笑んでそう言った。
「良かったです」
「なんで僕が大学行かなきゃいけないのってのも、ちゃんと父さんに聞いてこれた」
「なんて言われたんですか?」
すると先輩は、「父さんは、保育科のある大学に行って、子どもに携わる専門知識をちゃんと学んでほしいって言いたかったんだって。学童の指導員になりたいって夢を反対されてるって、僕のはやとちりだったみたい。もっと給料が良いべつの仕事にしろとか、就職の幅が広がるから、みたいなこと言われるって勝手に思い込んでた」と苦笑いをしながら答えてくれた。
先輩は話をつづける。
「僕は父さんのことを、親子だからよく知ってると思ってた。あの人はいつも心に余裕がなくて、頭ごなしに叱ってくるし、子どもの想いなんて、大切にしてくれないのだろうなって思ってたけど、ちょっとちがったみたい。学童に僕と弟をあずけっぱなしにしてたのも、母さんがいなくなった直後、急に子育てでひとりぼっちになってしまって、冷静な判断ができずにいた自分より、プロの力を借りたほうが僕と弟にとって良いと判断したからなんだって。ちゃんと面と向かって話し合ってみると、なんか父さんの印象が少し変わったよ」
「良かったです。仲直りができて」
「うーん、仲直りっていうのかな…。よくわからない感覚なんだ。積み重なったものがあるから、今でも父さんのことは苦手なんだ。でも、前よりはちょっと好きになったし、父さんの素敵なところも見つけたんだ」
「どんなとこが素敵だったんですか?」
目を丸くして私は訊ねた。すると、先輩は少しはにかんでこう答える。
「今でも一途に母さんのことが大好きってところ!父さんと話してるさ、母さんのこんなところが可愛かったとか、自分がだらしがないからよく怒られたとか、母さんとの惚気話ばっかするんだよ。母さんがいなくなったのは何年も前なのに、まるでつい最近の出来事のように母さんとの思い出を話す父さんは、すごく楽しそうだった」
次に先輩はなにかを思い出し、自分の学生鞄から可愛らしいパステルカラーの封筒を取り出した。
「手紙ですか?」と訊くと、「うん。この手紙はね、母さんからのなんだ。僕が思春期になって悩んだら渡してくれって父さんが頼まれてたみたいで、昨日もらったんだ。実は僕もまだ読んでなくて…。良かったら結も一緒に読んでくれないかな?」
「そんな大切な手紙、私なんかと一緒に読んでもいいんですか?」
私が慌てて確認すると、「結だから、一緒に読みたいんだ。実はひとりで読むの緊張しちゃってさ、ははは」と先輩が苦笑いをする。
「私なんかでいいのなら」
私がうなずくと先輩が封筒をゆっくりと開ける。その中からは一枚の便箋が出てきて、ふたりでそこに書いてある文字を読んだ。
「母さんって、こんな丸くて可愛い字なんだ」と、となりで先輩がくすっと笑う。
ふたりの距離が近すぎて時折肩が当たったが、先輩はまったく気にしていない様子だったので、私も気にしないことにした。
【流星へ】
【まず初めに、大きくなったあなたの側にいられなくてごめんね】
【思春期の流星は、あまり父さんとは話さなくなったかな】
【今、どんなふうだとしても、家族というのは、いざというときは、どんなときも流星を助けるからね】
【本当に困ってしまったときは、父さんに相談して力を借りるんだよ。必ず、あなたの力になると、母さんと約束してあるからね】
【母さんが教えたギターは、まだやってるかな。仲の良い友達とは、たくさん遊んでほしい。好きな子がいるなら、大切にしてあげてね】
【夢や目標があるのなら頑張ってね。いつでも応援しているよ】
【今の自分に自信がないときがあっても大丈夫だからね。ありのままの流星でいい】
【母さんが見てきた流星は、弟のめんどうみが良くて、いつもみんなに優しくて、やりたいと自分で決めたことは、いっしょうけんめいがんばれる、あなたでした】
【母さんは、そんな流星を信じてる】
【だから、ときに失敗したとしても大丈夫。そんなこともある】
【周りからの評価よりも、自分と、自分が信頼してる人のことを信じてほしい】
【いつでも、母さんは空から見守っているよ。流星、大好きだよ】
手紙を読み終えたあと、不覚で勝手なことに、私は堪えきれず涙があふれてしまった。
「ごめんなさい。先輩が泣いてないのに」
なんとか謝るがひどく嗚咽してしまう。
先輩は手紙を大切に封筒に戻し、学生鞄に入れると、すぐに私の涙を指で拭きながら優しくこう言ってくれた。
「ありがとう、結。手紙を一緒に読んでくれて、そして、泣いてくれて、本当にありがとう」
月明かりで照らされた、先輩の綺麗な硝子玉のような瞳にも涙がたまっていた。


