夕食のあと、先輩から話を聞くために私の部屋に移動した。
ふたりっきり、時計の秒針の音が聞こえ沈黙が流れる中、それを破って私はストレートに訊ねる。
「なんで家出なんて無茶なことしたんですか?」
先輩はうつむいて、「なんか疲れて、もう全部いやになっちゃった。だから、逃げ出したんだと思う」と呟くように言った。
「私が学園祭のとき、先輩にひどいこと言ったからですか?あのときは…、感情的になりすぎてしまってごめんなさい…」
先輩は首を横に振って、「こっちこそ、ごめん。結が傷つくことを言ってしまったのは僕なんだってわかってる。どんどん可愛くなってく結を見て、僕のかっこ悪いとこが出ちゃったんだ。それにね。結のせいでいやになって家出してたわけじゃないんだ」と応えた。
「なら、どうして?他にいやなことがあったんですか?」
「本当に全部なんだ。結も見たでしょ。高校での僕ってちょっと雰囲気ちがったでしょ。僕はね、昔から人の顔色をうかがって、その人がそうしてほしい自分をつい演じてしまうんだ。それがちょっと厄介でね、けっこう完璧にできちゃうんだ。そのせいで、いつの間にか高校やSNSで、完璧イケメン種高の流星とか言われて祭り上げられちゃってさ。終いには悪い噂まで流されてSNSが炎上したし。現実の高校もなんか居づらいしね。そのときに、あぁ、みんな勝手だなって思ったよ。でも、ちゃんと自分を持ってなくて、その人の前で上っ面だけな自分も悪いんだって気づいた。するとね、急に僕みたいな中身のない空っぽの人間なんて、もうどこにも居場所がない気がしたんだ」
ぽろぽろと涙を流す先輩をまっすぐ見て、「じゃあ、キャンプのとき私に話してくれた。指導員になって、学童を助けて、困ってる子どもや親たちの力になりたいって先輩の夢も嘘だったんですか?」と訊くと、先輩は首を横に振った。
「多分、それだけは本当。でも、そのたったひとつの本当のことさえ、僕は父さんに否定されたんだ」
「どういうことでうすか?お父さんとケンカしたんですか?」
「ケンカなんてものじゃない。うちは母さんがいなくなってから、僕と父さんはずっと不仲なんだ。父さんは自分の子どもも見れないろくでなしでね。いつも僕と弟は学童にあずけっぱなしだったよ。そんな父さんにこの前進路について聞かれて、学童に就職したいって話したら、お前はちゃんと大学に行けって言われてさ。今までろくに子どもと向き合ってこなかったやつがさらっと僕の夢否定するなよって、めちゃくちゃ怒れてきて家を飛び出したんだ」
どうしようもなく困った顔の先輩を見て、私は自分が鞠子に言われたことを思い出す。
『自分の想いを誤解のないように全部伝えなきゃ。言葉足らずはだめだよ』
「先輩はなんで自分が学童に就職したいって思ってるか、志をお父さんにちゃんと伝えましたか?お父さんがなんで大学に行けって言ったか、理由をちゃんと聞きましたか?」
「実は僕も父さんとは、ろくに向き合えなくてさ。今更ちゃんと話せる勇気がないんだ」
うつむいて先輩がそう答えると、しばらく、ふたりで言い合いがつづいた。
「そんなの、言葉足らずじゃないですか」
「無理だよ、うまく話せる自信ないし、父さんと話す気にもならないんだ」
「先輩だったら、ちゃんと向き合えます」
「僕はそんな勇気のある人間じゃない」
「でも、私が学園祭でナンパされて困ってるとき助けてくれたじゃないですか」
「あれとこれとはべつでしょ。それに結が見てきたのは僕じゃなくって、きっと…」
先輩がそう呟いたとき、私は思わず「私が見てきたのは種高の流星じゃない!流星先輩!あなたです!」と強く言ってしまう。
「人に合わせて自分を演じてしまうのだって、もともとは目の前の人に喜んでほしいっていう先輩の優しさですよね。それを上っ面とか言って卑下してるし、どこまで優しいんですか。おまけにまっすぐで素敵な夢まで持ってる。そんな先輩がお父さんと向き合えないわけない!私は勝手に信じてるし、応援してます!今日はこれ以上先輩に遅くなってほしくないし。もう帰ってください。途中まで送ります」
言いたい放題言ってしまって、少し後悔しながら家の外まで先輩を見送る。
バイバイするとき、「今日は本当にありがとう。お世話になったよ。僕のこと信じて応援してくれるって言ってくれたのすごく嬉しかった。なんか結といると元気出る。学童のイベントとかなくても、また連絡してもいい?」と先輩が言った。
はぁ、また思わせぶりなことを言って、この人たらしめ。
そう思いながら「先輩がお父さんとちゃんと話してからじゃないと、私連絡返しませんからね」とあえてつーんと塩対応をすると、「じゃあ、絶対父さんと話さなきゃね」と先輩は微笑んでから手を振って帰っていった。
ふたりっきり、時計の秒針の音が聞こえ沈黙が流れる中、それを破って私はストレートに訊ねる。
「なんで家出なんて無茶なことしたんですか?」
先輩はうつむいて、「なんか疲れて、もう全部いやになっちゃった。だから、逃げ出したんだと思う」と呟くように言った。
「私が学園祭のとき、先輩にひどいこと言ったからですか?あのときは…、感情的になりすぎてしまってごめんなさい…」
先輩は首を横に振って、「こっちこそ、ごめん。結が傷つくことを言ってしまったのは僕なんだってわかってる。どんどん可愛くなってく結を見て、僕のかっこ悪いとこが出ちゃったんだ。それにね。結のせいでいやになって家出してたわけじゃないんだ」と応えた。
「なら、どうして?他にいやなことがあったんですか?」
「本当に全部なんだ。結も見たでしょ。高校での僕ってちょっと雰囲気ちがったでしょ。僕はね、昔から人の顔色をうかがって、その人がそうしてほしい自分をつい演じてしまうんだ。それがちょっと厄介でね、けっこう完璧にできちゃうんだ。そのせいで、いつの間にか高校やSNSで、完璧イケメン種高の流星とか言われて祭り上げられちゃってさ。終いには悪い噂まで流されてSNSが炎上したし。現実の高校もなんか居づらいしね。そのときに、あぁ、みんな勝手だなって思ったよ。でも、ちゃんと自分を持ってなくて、その人の前で上っ面だけな自分も悪いんだって気づいた。するとね、急に僕みたいな中身のない空っぽの人間なんて、もうどこにも居場所がない気がしたんだ」
ぽろぽろと涙を流す先輩をまっすぐ見て、「じゃあ、キャンプのとき私に話してくれた。指導員になって、学童を助けて、困ってる子どもや親たちの力になりたいって先輩の夢も嘘だったんですか?」と訊くと、先輩は首を横に振った。
「多分、それだけは本当。でも、そのたったひとつの本当のことさえ、僕は父さんに否定されたんだ」
「どういうことでうすか?お父さんとケンカしたんですか?」
「ケンカなんてものじゃない。うちは母さんがいなくなってから、僕と父さんはずっと不仲なんだ。父さんは自分の子どもも見れないろくでなしでね。いつも僕と弟は学童にあずけっぱなしだったよ。そんな父さんにこの前進路について聞かれて、学童に就職したいって話したら、お前はちゃんと大学に行けって言われてさ。今までろくに子どもと向き合ってこなかったやつがさらっと僕の夢否定するなよって、めちゃくちゃ怒れてきて家を飛び出したんだ」
どうしようもなく困った顔の先輩を見て、私は自分が鞠子に言われたことを思い出す。
『自分の想いを誤解のないように全部伝えなきゃ。言葉足らずはだめだよ』
「先輩はなんで自分が学童に就職したいって思ってるか、志をお父さんにちゃんと伝えましたか?お父さんがなんで大学に行けって言ったか、理由をちゃんと聞きましたか?」
「実は僕も父さんとは、ろくに向き合えなくてさ。今更ちゃんと話せる勇気がないんだ」
うつむいて先輩がそう答えると、しばらく、ふたりで言い合いがつづいた。
「そんなの、言葉足らずじゃないですか」
「無理だよ、うまく話せる自信ないし、父さんと話す気にもならないんだ」
「先輩だったら、ちゃんと向き合えます」
「僕はそんな勇気のある人間じゃない」
「でも、私が学園祭でナンパされて困ってるとき助けてくれたじゃないですか」
「あれとこれとはべつでしょ。それに結が見てきたのは僕じゃなくって、きっと…」
先輩がそう呟いたとき、私は思わず「私が見てきたのは種高の流星じゃない!流星先輩!あなたです!」と強く言ってしまう。
「人に合わせて自分を演じてしまうのだって、もともとは目の前の人に喜んでほしいっていう先輩の優しさですよね。それを上っ面とか言って卑下してるし、どこまで優しいんですか。おまけにまっすぐで素敵な夢まで持ってる。そんな先輩がお父さんと向き合えないわけない!私は勝手に信じてるし、応援してます!今日はこれ以上先輩に遅くなってほしくないし。もう帰ってください。途中まで送ります」
言いたい放題言ってしまって、少し後悔しながら家の外まで先輩を見送る。
バイバイするとき、「今日は本当にありがとう。お世話になったよ。僕のこと信じて応援してくれるって言ってくれたのすごく嬉しかった。なんか結といると元気出る。学童のイベントとかなくても、また連絡してもいい?」と先輩が言った。
はぁ、また思わせぶりなことを言って、この人たらしめ。
そう思いながら「先輩がお父さんとちゃんと話してからじゃないと、私連絡返しませんからね」とあえてつーんと塩対応をすると、「じゃあ、絶対父さんと話さなきゃね」と先輩は微笑んでから手を振って帰っていった。


