学園祭当日。本当はぜんぜん乗り気がしなかったけど、先輩に行くと言ってしまったので、私はひとりで種千高校に向かう。


 鞠子も誘ったけど、ちょうど予定が合って来れなかった。


 先輩のライブに間に合う時間には着いたけど、やっぱりどうしても乗り気がしなくて体育館の中に入れない。


 すでに体育館の中は、ほぼ満員。炎上したとはいえ、その人気は今も健在で種高の流星を一目見ようと、他校の生徒まで来ているほどだ。


 結局、ライブが始まる時間になってしまい、私は体育館の外の壁越しに先輩のライブを聴いた。相変わらず、少し前の懐メロばかりの曲選。先輩はSNSで今流行ってる曲とか弾かないのだろうか。そっちのほうが絶対にもっとバズるのに。


 はぁ、それにしても先輩は私なんかをなんで今日のライブに呼んだのだろう。なんとも言えないやりきれない気持ちだ。


 さっさと帰ろうと思いながらとぼとぼ歩いていると、いいにおいがして、せっかくだから屋台でなにか買っていくことにした。


 焼きそばの屋台に並んでいると、前の男子生徒たちのひそひそ話が聞こえる。


 「なぁ、うしろ子の制服って桜舞中のだよね」「まだ中学生ってこと?」「なんか、けっこう大人っぽくて可愛くない?」


 「たしかに中学生に見えない。うわー、ギャップだわ」


 こういうとき、なんで男子というのはひそひそ話を女子にバレないようにできないのだろうかと、毎回心の中で思う。


 最近、私は朝陽さんにメイクを教えてもらっていて、それなりに上手くなり、前よりは可愛くなっている自信がある。しかし、知らない好きでもない男子生徒から褒められても、まったく嬉しくもない。


 それなのに、「ねぇ、君さ。良かったらインスタ教えてくれない?良かったらDMしよ」と、その男子生徒たちからナンパをされてしまった。


 見た目だけは可愛くなったけど、普段男子とはぜんぜん話したことのない私は、こういうときどう対応すればいいかわからない。


 上手く断ることもできず、おどおどしている私を可愛いと思ったのか、それともちょろいと思ったのか、ナンパしてきた男子生徒たちは「つーか、今から俺らと遊ぼうよ。今日は友達と来たの?」と余計にしつこく誘ってくる。


 そのとき、誰かがぱっと手を掴んで私を抱き寄せた。


 「わりいけど、この子は俺のツレなんだわ」


 え…?この聞き慣れた声は…。


 思考が追いつかず混乱する。私を抱き寄せた人物。それはたしかに流星先輩なのだけど、口調もオーラも私が知っている先輩とぜんぜんちがったからだ。


 それに先輩は、知り合いじゃないふりをしてほしいと頼んできたのに、自分から俺のツレだと言ってしまっている。


 「なんだよ。流星の知り合いじゃしょうがねえか」と言って、男子生徒たちは諦めてくれた。


 「結、ちょっとこっち来て」


 いつもより強引な流星先輩に、私はわけがわからないまま腕を引っ張られて連れて行かれる。


 流星先輩はナンパから私を守ってくれたのに、野次馬の生徒たちの声は賞賛とは言えないものだった。


 「あ、流星君が新しい女の子連れてる」「やっぱ、あの噂は本当だったんだ」「顔がいいやつはすぐ女遊びするんだよなぁ」


 「私、さっき二組の男子たちから、あの女の子を取るの見ちゃった」


 「ていうか女の子も、女の子だよね。イケメンだったら誰でもいいのかな」


 全部ちがう。流星先輩はそんな人じゃない。なんでみんな先輩をそんなふうな目で見るの?そんなことを言うの?


 それなのに先輩は、「うるせえな、つまんねえこと言ってんなよ。俺がこの子が可愛いから勝手に声かけただけだわ」と野次馬たちに言い放つ。


 案の定、「やっぱ、ナンパなんだ」「噂通りじゃん」「顔はいいけど、最低じゃん」と周りの生徒たちのひそひそ話が聞こえてくる。


 なんで先輩は、自分が不利になるようなことを言ってしまうの?そう思っているうちに人気が無い校舎裏に連れて行かれた。


 「ごめん、結が困ってるふうに見えて。勝手なことしちゃった」


 「実際困ってたし、ありがとうございます」


 私がそうお礼をすると、先輩が少し怒った表情でこう言った。


 「結、最近メイク上手なったよね。これ以上可愛くならなくていいよ」


 その言葉が私の心を深くえぐって、胸がぎゅっと苦しくなった。


 は?なにそれ?私は先輩に少しでも可愛いって思ってほしい。そんな気持ちでメイクをがんばって勉強してるのに。コンプレックスの一重瞼だって、どうにかなるかもって思えてきたのに。可愛くならなくていいってなにその言い方。自分のしてきた努力やいろんなものを全否定された気分になった。


 それに高校で、いつもと態度がちがう私の知らない先輩に、今まで私の前にいた先輩とどっちが本物なのかわからなくなってきた。


 きっと流星先輩には、裏表があっていくつもの顔があるんだ。


 そう思った途端。黒い感情が沸々と湧いてくる。今までの思わせぶりな態度の数々。先輩のキープの女のひとりにされていたのかもしれない。


 そうだ。この人は完璧イケメン種高の流星。元カノでキープの女が周りをちょろちょろしてたら迷惑だよね。本命の子と恋愛できないもんね。


 気づくと私はぽろぽろと泣いていた。先輩の表情がはっと変わって、手が伸びてきて私の涙を拭おうとする。


 私はその手を振り払う。そして、黒い感情に支配されたまま言葉を吐き捨てた。


 「もう私に優しくしないで!もう関わらないで!」


 すると、先輩が唖然とした表情をして立ち尽くす。私はその場にいられなくて、そのまま走って立ち去った。