昼過ぎにバスは学童の前に到着し、その場で解散となった。しかし、先輩が自分の家とは反対の駅のほうに歩いて行くことに、私はすぐ気づく。
様子のおかしい先輩をほっとけなくてあとを追うと、先輩が駅の改札で切符を買おうとしていたので声をかける。
「先輩。電車でどこに行くんですか?」
急に声をかけられて先輩が驚いて振り返った。そして、「びっくりしたぁ、結か。友達んちでも行こうと思ってさ」と苦笑いを浮かべて答えた。
見え透いた嘘だ。先輩だってキャンプの疲れがあるはず、それなのに一度も家に帰って休まず、おまけに荷物も持ったままだ。
「本当はキャンプ場に、緑莉ちゃんの帽子を探しに行くつもりですよね」
ここで遠回しに訊いてもしかたがない。私はあえてストレートに訊ねる。すると先輩は観念したのかため息をついて苦笑いを浮かべてこう答えた。
「うん。どうしても見つけてあげたくてね。ちょっと行ってくる」
ちょっと行くような距離じゃない。送迎バスで三時間半もかかるのだ。今から電車やバスを乗り継いで行っても、夜に名古屋に帰ってこれるかわからない。もし帰れなくなって、夜の山にたったひとり先輩が取り残されてしまったらどうしよう。夜の山が危険なことはアウトドアに詳しくない私でも知っている。
「どうしても先輩が行くなら、私も行きます」
まっすぐ先輩を見て私がそう言うと、「それはだめ!危ないから!今日中に帰れないかもしれないし」と先輩が首を振ったので、「そんなの先輩だって一緒じゃないですか。絶対にひとりじゃ行かせません」と、私は引き下がらなかった。
私が意地でも譲らないので、これ以上遅くなってしまうことを気にしたのか先輩が先に折れてふたりで行くことになった。
電車の中で先輩は「僕のわがままに付き合わせちゃってごめん」と謝ってきたが、私は首を横に振る。
正直先輩には、好きかわからないと自分勝手に私を振ったことや、思わせぶりな行動をしてきた数々を謝ってほしい。
電車を降りてから、バスに乗って五十分。すごく田舎のバスなので乗客は私たちしかいない。疲れていた私はいつの間にかバスに揺られ、先輩と寄り添うように眠ってしまっていた。
ぼんやりとした意識の中、目を開けると、眠る先輩の無邪気な顔が近くにあるのが嬉しくて見惚れてしまう。「終点。キャンプ場前〜」とバスのアナウンスが流れ、先輩がゆっくりと目を開けた。
「ごめん、僕眠ってたみたい」と目を擦る先輩に、「ぜんぜん大丈夫です。私もです」と言いながら、先輩の寝顔を覗き込んでいたことがバレていないか私はハラハラした。
バスを降りると、外がもう薄暗くなってきている。どうやら、今日はもう帰れそうにない。でも、とにかく今は緑莉ちゃんの帽子を見つけることが先だ。
先輩と林の中で帽子を探していると、こんな山奥なのに私たちのほかにふたりの男女のシルエットと光るライトが見えて会話が聞こえてくる。
「なんで俺がお前のお人好しに付き合わなきゃなんねんだよ」
「そう言いながらも、いつもつーくんは私の言うことなんでも聞いてくれるもんねー」
「あー、はいはい、そうそう」
「こうやって子どもの無くしもの探してると、付き合う前のこと思い出さない?」
「そんなこともあったな。懐かし」
女性と会話をしていた男性のライトがこっちを照らし、私たちを見つけて驚いてこう言った。
「ん?流星?なんでお前こんなとこにいんだよ?」
「え、月さん?じゃあ、となりにいるのは朝陽さん?」と、流星先輩も驚く。
なんと朝陽さんも、彼氏さんを連れて緑莉ちゃんの帽子を探しに来ていたのだ。冷静な判断をしろと冷たく先輩に言った朝陽さんだったけど、やっぱりこの人はどこまでも心があたたかいのだろうなと思った。
とりあえず事情説明はあとにして、これ以上遅くなってしまわないように四人で帽子探しのつづきをすると、しばらくして月さんが木の枝に引っ掛かっている緑莉ちゃんの帽子を見つけた。どうやら木の隙間を通ったとき枝に引っ掛かって、気づかずそのままになってしまったらしい。
そのあと私と先輩は名古屋に帰るため、月さんの車に乗せてもらった。
「足元にスケボー転がってるけど、邪魔だったらうしろの荷台置いといて」と、運転しながら月さんが後部座席に乗る私と先輩を気遣って言った。
「大丈夫です」と、私と先輩は同時に答える。
そして、助手席に座っている朝陽さんにしっかりと怒られた。
「未成年がこんな無茶しないで」と怒る朝陽さんに、私と先輩は「ごめんなさい」と頭を下げて何度も謝った。
高速道路のパーキングで休憩しているとき、私が朝陽さんの左手の薬指に光っている指輪を見つけて、「あっ、その指輪」と思わず声を出すと、朝陽さんは照れくさそうに「この前、つーくんにプロポーズしてもらったんだぁ」と嬉しそうに指輪を見せてくれた。
「どんなプロポーズされたんですか」と、気になって私は目を輝かせて訊ねる。
「告白してくれたときも、つーくんが言ってくれた言葉なんだけど」
うきうきと答えようする朝陽さんを遮って、「頼むから、俺の前でそういう話しないでくれ」と顔を真っ赤にした月さんが呟く。流星先輩は、そんな朝陽さんと月さんを見て、はははと苦笑いをした。
「じゃあ今度、結ちゃんが学童に遊びに来たときゆっくり話そうね。私けっこうガールズトーク好きなんだぁ」
にこにこ笑顔で朝陽さんがそう言って誘ってくれた。
朝陽さんってすごく頼りになるかっこいい大人な女性のイメージだったけど、こういう女の子な一面もあるんだ。むしろ今までより私にとっては話しやすい。だからこそ、私は彼女にあるお願いをした。
「あの、朝陽さん。今度、お時間あるとき私に可愛いメイクのやり方を教えてください」
朝陽さんは目を丸くしたあと、「いいよ」と快くうなずいてからこう言ってくれた。
「メイクってさ。奥が深くて、人それぞれに合ったメイクがあるし、年齢や時代の流行によってもちがう。でも、いつでも共通してる大切なことは可愛くなりたいって気持ちだと思うの」
その通りだ。なぜ、可愛くなりたいのか。そんなの決まっている。
自分のためだ。私はもっと可愛くなりたい。そして願うのなら、いちばん好きな人にも可愛いと思ってほしい。
「私ねー。結ちゃんの一重瞼ってすごく可愛いと思うの。ここをアイプチにするか、それとも一重を活かすメイクにするか」
そう言って楽しそうに悩む朝陽さんに、私は驚く。
今まで自分がコンプレックスだった一重瞼を、可愛いと言ってくれる人がいるなんて思いもしなかったからだ。
「うーん。流星君はどう思う?」と朝陽さんが訊ねると、「結は今のままでも可愛いですよ」とさらっと答える先輩。私は社交辞令とわかっていても嬉しくて心臓がどきどきと鳴って顔が熱くなってしまう。
次に「流星君って器用だけど、そういうとこは鈍感だからなぁ。誰かとそっくり」と言って、いたずらな顔をして朝陽さんがくすくすと笑う。
「そんなことないですって。僕とあの人を比べないでください。あの人苦手なんです」と先輩は呆れ顔をした。
あの人って誰だろう?なにはともあれ、私と先輩は無事に名古屋に帰ることができた。
様子のおかしい先輩をほっとけなくてあとを追うと、先輩が駅の改札で切符を買おうとしていたので声をかける。
「先輩。電車でどこに行くんですか?」
急に声をかけられて先輩が驚いて振り返った。そして、「びっくりしたぁ、結か。友達んちでも行こうと思ってさ」と苦笑いを浮かべて答えた。
見え透いた嘘だ。先輩だってキャンプの疲れがあるはず、それなのに一度も家に帰って休まず、おまけに荷物も持ったままだ。
「本当はキャンプ場に、緑莉ちゃんの帽子を探しに行くつもりですよね」
ここで遠回しに訊いてもしかたがない。私はあえてストレートに訊ねる。すると先輩は観念したのかため息をついて苦笑いを浮かべてこう答えた。
「うん。どうしても見つけてあげたくてね。ちょっと行ってくる」
ちょっと行くような距離じゃない。送迎バスで三時間半もかかるのだ。今から電車やバスを乗り継いで行っても、夜に名古屋に帰ってこれるかわからない。もし帰れなくなって、夜の山にたったひとり先輩が取り残されてしまったらどうしよう。夜の山が危険なことはアウトドアに詳しくない私でも知っている。
「どうしても先輩が行くなら、私も行きます」
まっすぐ先輩を見て私がそう言うと、「それはだめ!危ないから!今日中に帰れないかもしれないし」と先輩が首を振ったので、「そんなの先輩だって一緒じゃないですか。絶対にひとりじゃ行かせません」と、私は引き下がらなかった。
私が意地でも譲らないので、これ以上遅くなってしまうことを気にしたのか先輩が先に折れてふたりで行くことになった。
電車の中で先輩は「僕のわがままに付き合わせちゃってごめん」と謝ってきたが、私は首を横に振る。
正直先輩には、好きかわからないと自分勝手に私を振ったことや、思わせぶりな行動をしてきた数々を謝ってほしい。
電車を降りてから、バスに乗って五十分。すごく田舎のバスなので乗客は私たちしかいない。疲れていた私はいつの間にかバスに揺られ、先輩と寄り添うように眠ってしまっていた。
ぼんやりとした意識の中、目を開けると、眠る先輩の無邪気な顔が近くにあるのが嬉しくて見惚れてしまう。「終点。キャンプ場前〜」とバスのアナウンスが流れ、先輩がゆっくりと目を開けた。
「ごめん、僕眠ってたみたい」と目を擦る先輩に、「ぜんぜん大丈夫です。私もです」と言いながら、先輩の寝顔を覗き込んでいたことがバレていないか私はハラハラした。
バスを降りると、外がもう薄暗くなってきている。どうやら、今日はもう帰れそうにない。でも、とにかく今は緑莉ちゃんの帽子を見つけることが先だ。
先輩と林の中で帽子を探していると、こんな山奥なのに私たちのほかにふたりの男女のシルエットと光るライトが見えて会話が聞こえてくる。
「なんで俺がお前のお人好しに付き合わなきゃなんねんだよ」
「そう言いながらも、いつもつーくんは私の言うことなんでも聞いてくれるもんねー」
「あー、はいはい、そうそう」
「こうやって子どもの無くしもの探してると、付き合う前のこと思い出さない?」
「そんなこともあったな。懐かし」
女性と会話をしていた男性のライトがこっちを照らし、私たちを見つけて驚いてこう言った。
「ん?流星?なんでお前こんなとこにいんだよ?」
「え、月さん?じゃあ、となりにいるのは朝陽さん?」と、流星先輩も驚く。
なんと朝陽さんも、彼氏さんを連れて緑莉ちゃんの帽子を探しに来ていたのだ。冷静な判断をしろと冷たく先輩に言った朝陽さんだったけど、やっぱりこの人はどこまでも心があたたかいのだろうなと思った。
とりあえず事情説明はあとにして、これ以上遅くなってしまわないように四人で帽子探しのつづきをすると、しばらくして月さんが木の枝に引っ掛かっている緑莉ちゃんの帽子を見つけた。どうやら木の隙間を通ったとき枝に引っ掛かって、気づかずそのままになってしまったらしい。
そのあと私と先輩は名古屋に帰るため、月さんの車に乗せてもらった。
「足元にスケボー転がってるけど、邪魔だったらうしろの荷台置いといて」と、運転しながら月さんが後部座席に乗る私と先輩を気遣って言った。
「大丈夫です」と、私と先輩は同時に答える。
そして、助手席に座っている朝陽さんにしっかりと怒られた。
「未成年がこんな無茶しないで」と怒る朝陽さんに、私と先輩は「ごめんなさい」と頭を下げて何度も謝った。
高速道路のパーキングで休憩しているとき、私が朝陽さんの左手の薬指に光っている指輪を見つけて、「あっ、その指輪」と思わず声を出すと、朝陽さんは照れくさそうに「この前、つーくんにプロポーズしてもらったんだぁ」と嬉しそうに指輪を見せてくれた。
「どんなプロポーズされたんですか」と、気になって私は目を輝かせて訊ねる。
「告白してくれたときも、つーくんが言ってくれた言葉なんだけど」
うきうきと答えようする朝陽さんを遮って、「頼むから、俺の前でそういう話しないでくれ」と顔を真っ赤にした月さんが呟く。流星先輩は、そんな朝陽さんと月さんを見て、はははと苦笑いをした。
「じゃあ今度、結ちゃんが学童に遊びに来たときゆっくり話そうね。私けっこうガールズトーク好きなんだぁ」
にこにこ笑顔で朝陽さんがそう言って誘ってくれた。
朝陽さんってすごく頼りになるかっこいい大人な女性のイメージだったけど、こういう女の子な一面もあるんだ。むしろ今までより私にとっては話しやすい。だからこそ、私は彼女にあるお願いをした。
「あの、朝陽さん。今度、お時間あるとき私に可愛いメイクのやり方を教えてください」
朝陽さんは目を丸くしたあと、「いいよ」と快くうなずいてからこう言ってくれた。
「メイクってさ。奥が深くて、人それぞれに合ったメイクがあるし、年齢や時代の流行によってもちがう。でも、いつでも共通してる大切なことは可愛くなりたいって気持ちだと思うの」
その通りだ。なぜ、可愛くなりたいのか。そんなの決まっている。
自分のためだ。私はもっと可愛くなりたい。そして願うのなら、いちばん好きな人にも可愛いと思ってほしい。
「私ねー。結ちゃんの一重瞼ってすごく可愛いと思うの。ここをアイプチにするか、それとも一重を活かすメイクにするか」
そう言って楽しそうに悩む朝陽さんに、私は驚く。
今まで自分がコンプレックスだった一重瞼を、可愛いと言ってくれる人がいるなんて思いもしなかったからだ。
「うーん。流星君はどう思う?」と朝陽さんが訊ねると、「結は今のままでも可愛いですよ」とさらっと答える先輩。私は社交辞令とわかっていても嬉しくて心臓がどきどきと鳴って顔が熱くなってしまう。
次に「流星君って器用だけど、そういうとこは鈍感だからなぁ。誰かとそっくり」と言って、いたずらな顔をして朝陽さんがくすくすと笑う。
「そんなことないですって。僕とあの人を比べないでください。あの人苦手なんです」と先輩は呆れ顔をした。
あの人って誰だろう?なにはともあれ、私と先輩は無事に名古屋に帰ることができた。


