君が星を結ぶから

 朝の六時。私は子どもたちの賑やかな声で目が覚める。バンガローから出ると、広場ではもう子どもたちが鬼ごっこをやって駆け回っていた。


 先輩もちょうど起きたらしく、となりのバンガローから腕を上げ伸びをしながら出てきた。こっちに気づくとにこっと笑って軽く手を振ってくれたので、私も会釈をして返す。


 それから、みんなで朝食を準備して食べて後片付けをすると、帰る時間になった。


 私が送迎バスに自分の荷物を積み込んでいると、外から緑莉ちゃんの嗚咽が混ざった声が聞こえてきた。


 「どうしよう。大切な帽子がない!」


 「うーん。どこ行ったんだろうね。もしなかったら同じのを買ってあげるよ」と、付き添いで来ていた緑莉ちゃんのお父さんの声もした。


 「あの帽子じゃなきゃいやなの!だってあれはママからもらった大切な帽子なの」


 すると、私のとなりで荷物を積み込んでいた先輩がすぐにバスから駆け降りて、「ちょっとみんなで探してみましょう。僕、朝陽さんに相談してきます」と、緑莉ちゃんとお父さんに提案した。


 流星先輩が朝陽さんに相談すると、二十分だけバスの時間を遅らせてみんなで帽子を探すことになった。


 私は先輩とキャンプの間、緑莉ちゃんがよく遊んでいた林の中を入念に探したが帽子は出てこない。


 たしか緑莉ちゃんがいつも被ってる黒い帽子だよね。本当にどこ行ったんだろう。


 懸命に探したが、あっという間に帰る時間になってしまい朝陽さんが私たちを呼びに来た。


 「おーい、流星君、結ちゃん!ほかのみんなはもうバスに乗り込んだから行くよ」


 「はい。今行きます」と私は返事をしたが、先輩は黙って帽子を探しつづける。そんな先輩を見かねた朝陽さんが近づいてきて、もう一度声をかけた。


 「流星君。もう時間!行くよ!」


 すると、先輩が振り返ってこう言った。


 「ははは、ちょっと夢中になって探しすぎちゃいました。僕もう少しだけ探してくんで、みんなは先に帰ってください。名古屋までのバスと電車代くらい持ってますし、心配いりません」


 先輩は明るくそう言って誤魔化そうとしているが、顔は今にも泣き出しそうな悲しい表情をしていた。


 「それはさせてあげられない。私は流星君のお父さんから、未成年のあなたを任されてる」と、朝陽さんは冷静に言う。


 「だったら、もう二十分だけ時間をください。必ず、見つけます」と、先輩が食い下がる。


 朝陽さんは、そんな先輩に淡々と言葉を返す。その口調は冷静すぎて、少し冷たく思えるほどだった。


 「流星君は優しいね。それに君がこういうことで気持ちが熱くなってしまう事情を抱えているのも知ってる。でもね。保育をするときは、そういう個人的な感情は心の中だけにして、指導員はトラブルのときほど、いつでも冷静に行動をしなければならない。じゃなきゃ流星君は将来指導員になっても、いざというとき子どもたちの安全を守れないよ。指導員が守らなければならない子どもはひとりじゃない。みんななんだよ。さぁ、もう帰るよ」


 流星先輩は、「はい」と小さく返事をしてバスに乗った。先輩は窓の外を眺めたまま名古屋まで一言も喋らなかった。そして、緑莉ちゃんはバスの中でずっと啜り泣いていた。