君が星を結ぶから

 神社に着くと、前の道が祭りの間だけ歩行者天国になっていて、そこに屋台が並んでいた。


 りんご飴を探していると運が悪いことに、私はまた流星先輩を見つけてしまう。


 先輩は神社の石階段の前で誰かを待っている様子だった。


 きっと、浴衣姿の朝陽さんが来るのだろうな。見たくないものを見てしまう。だったら見なければいいのに、気になって目が離せない。


 しかし、私の予想は大ハズレ。朝陽さんではない、ピンクの浴衣を着た綺麗な女性がやって来た。


 あれはたしか、学童でアルバイトをしている尾白伊華絵さんだ。


 華絵さんは、流星先輩と同じ種千高校の二年生でふたりは幼馴染だと、先輩から聞いたことがある。


 朝陽さんのことばかりに気を取られていた私は、華絵さんのことはノーマークだった。


 ふたりは手を振って軽く挨拶をしたあと、歩いて石階段を上がって行き神社の大木まで移動した。


 私はふたりに気づかれないようにこっそり人混みに紛れ大木のうしろにまわる。すると、ふたりの会話が聞こえてきた。


 本当は盗み聞きなどしてはいけないとわかっていても、浮気の真相を知りたい気持ちが抑えられない。私って最低だ。


 でも先輩は、朝陽さんとデートしていたのに華絵さんまで狙っているのだろうか。これで流星先輩の本性がわかる。あの噂の真実に辿り着けるはず。


 「懐かしいね。小学生の頃、よくこのお祭りにふたりで来たよね」と、華絵さんの声が聞こえた。


 「うん。サメ釣りのおじさんに僕が女の子とまちがえられて、女の子用の指輪の景品もらったことあったよね」


 「あったあった。流星ってけっこう中性的な顔だし、あの頃の髪型って女の子みたいなボブだったもんね」


 「そうそう、僕と母さんの顔がそっくりだから、たしか父さんが髪型まで同じにしてたんだよ」


 「だから、男なのにボブだったんだ。そういえばさ、小学生のとき私ってけっこう背が高いから、男子にでかい女ってバカにされてたじゃん。祭りでたまたま会ったクラスの男子にも、でかい女が浴衣着ても可愛くないって言われてさ。ショックでこの木の下で泣いてたら流星が、華絵は可愛いよって慰めてくれて指輪の景品くれたの覚えてる?あれ、すこく嬉しかったよ」


 「そんなことあった?よく覚えてるなぁ、華絵は」


 「昔っから流星は自分が人に優しくしてあげたことでも、なんでもすぐ忘れちゃうもね」


 「そうそう。忘れっぽいんだよ。なんか恥ずかしいなぁ」


 「流星は忘れちゃってても、私はちゃんと覚えてるよ。私、今でもあの指輪を大切に持ってる。ねぇ、流星聞いて」


 そう言った華絵さんの声色からは覚悟のようなものが伝わってくる。


 「私はあのとき流星に初恋をした。そして、その気持ちは今も変わらない。でも最近、流星に初彼女ができたとき、なんでこの気持ちをもっと早く流星に伝えなかったんだろうってすごく後悔した。だから、今伝える。私は流星のこと好きだよ」


 華絵さんが告白をしたあと、ふたりの会話が止まる。しばらくして、沈黙を破ったのは流星先輩だった。


 「気持ちは嬉しいけど、僕は華絵に応えられない。ごめん」


 「なんで?ずっと幼い頃から一緒にいた。流星のことだったら私がいちばん知ってる。なのに、なんで私じゃだめなの?」


 華絵さんの声に嗚咽が混ざる。


 「僕、好きな人がいるんだ」


 流星先輩がそう言った瞬間。私は胸がぎゅっと苦しくなった。先輩はいつも学童で朝陽さんのことを見つめている。この前なんて、ふたりで浴衣を買いに来ていた。当然、朝陽さんのことだ。


 「好きな人って誰?」


 震える声で華絵さんがそう訊くと、「言わない。その人のために」と流星先輩が答える。


 「なんで?最近、年下の彼女と別れたんでしょ。もう新しい好きな人ができたってこと?そんなの意味わかんない!流星って好きな人をころころ変えるやつじゃないじゃん!」


 華絵さんが悲痛に叫ぶような声でそう言うと、流星先輩は今まで私が聞いたことないほど冷たく冷静な口調でこう言った。


 「だって僕が女遊びをしてるとか、浮気してるって噂を流したの華絵でしょ。中学生である結と付き合ってること、朝陽さんと出かけたりすること、僕は華絵にしか話したことないんだ」


 「そんなの、証拠なんてどこにもないじゃん。勝手に疑わないでよ」


 「そうだね。だから僕はこれ以上、華絵を問い詰めない。でも好きな人は教えない。現実でも、SNSでも、僕の好きな人が変な噂に巻き込まれ、心が傷つくことのないように」


 流星先輩がそう言ったあと、華絵さんは無言でその場から立ち去る。その肩は小さく震えていた。