この夢がきみに喰われても

「さっきまで集中治療室の部屋の外で伯父さんと待ってたんだけど、どうしてもその場で待っていられなくて、飲み物でも買おうと思って出て来たところ」

「そうだったんだ……」

 自分の家族が大変な状況に陥ったという経験のない私は、彼の話を御伽噺でも聞くような心地で受け止めていた。けれど彼にとって、御伽噺でもなんでもない。大切な妹が、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている。彼の心中を思うと、胸に刺すような痛みが駆け抜ける。

「美結ちゃん、助かるよね……?」

 自分の声がびっくりするぐらい震えていることに気づく。

「……」

 結叶は返事をしない。まるでそれこそが答えだと言うように、瞳を伏せた。

「な、なんで……どうして……。まだ小四なんでしょ……? こんなの、あんまりだよっ……」

 思わず本音が漏れる。一番叫び出したいのは彼であるはずなのに、私の方がダメージを受けてしまっていた。結叶の手が私の肩に触れる。

「なあ、恵夢。俺の話を聞いてくれ」

 その声は、普段よりも1トーン低い声だけれど、決して震えてはいなかった。
 私は「なに?」と顔を上げる。歯は震えているせいでガチガチと鳴ってしまっている。必死に身体を硬くして、彼の目を見つめた。

「俺の……俺の夢を喰ってくれ」

「……なんで今、そんなこと」

 予想もしていなかったお願いをされて、面食らう。妹さんが大変な状況だというのに、なぜまた私に夢を喰えなんて言うのか。彼の心中が計り知れなかった。

「こんな時だから、言ってんだよ。俺はお前にまで……こんなふうになってほしくない。だから頼む。俺の夢を喰って、病気を治してくれっ」

 いつになく必死に、声を荒げるようにして叫ぶ結叶。近くを通りかかった人が、何事かとこちらを一瞥する。結叶が、我を忘れたかのように私のお願いするところを初めて見た。そのあまりにも切実な願いが、胸に届かなかったわけじゃない。ただ、彼の願いはあまりにも、未来の彼を苦しめることになるから。私はすぐに頷けなかった。