この夢がきみに喰われても

「今は大丈夫?」

「うん、だいぶ良くなったから平気。医者からも今日のうちに帰っていいって言われてるし」

「それなら良かった。それで、なんで俺がここにいるのかだけど……聞きたい?」

 彼は自ら私にそう問うた。私は無意識のうちに「うん」と首肯する。

「実は、この病院に俺の妹が入院してる」

「妹さん? 確か、美結ちゃんだっけ」

「ああ。前に少し話したことあったな。今、小四なんだ」

 あれは確か、初めて結叶と会話を交わした日のことだ。保健室で私のことをほっとけないと言った結叶。教室で一人でいる私を見ると、妹の美結ちゃんのことを思い出してしまうんだと。

「小学生か。可愛いでしょ」

「すげー可愛い。ブラコンって思われるかもだけど、本当に可愛いんだよ。俺のことを慕ってくれる良い妹なんだ」

 なぜだろう。可愛い妹さんのことを語る結叶の表情はどこか寂しそうで。瞳の奥に憂いが滲んでいるのが見てとれた。

「可愛い可愛い妹が、どうして白血病になんかなっちまったんだって、神様を恨んでる」

「白血病……」

 その病気の名前を、知らないはずがなかった。
 もちろん、詳しいことは分からないけれど、血液の癌で重い病気だということは理解している。

「前に一度発症して治ったんだけど、去年、再発しちまって……。しかも今度は転移してたんだ、全身に……。だからゴールデンウィークに、大きな病院に引っ越してきた」

「うそ……」

「急性型で、もしかしたら助からないかもって言われてる」

 彼の口から紡ぎ出される美結ちゃんを襲う現実に、思わずえずきそうになった。
 小学四年生の妹が、白血病で命の危機に瀕している。
 それがどれだけ結叶の心を、そして彼の家族の心を砕いていることだろう。
 私には想像ができない。確かに私も、命を失うかもしれない病気と闘っているけれど、今すぐ死んでしまうような心地はしない。
 私は、目の前で大きく呼吸を繰り返す彼の顔をじっと見つめ返した。

「だから……だから結叶は、医者になりたいの?」

 心にぽつりと思い浮かんだことを口にした。彼はゆっくりと、深く頷いてみせた。

「そっか……。そうなんだ……」

 突きつけられた現実はあまりにも非情だ。中学三年生の私が想像し得る範疇をゆうに超えてしまっている。彼の夢の切実さがここまでとは思っていなかった。医者になりたいと言うからには、どこか他の夢とは違う大きな志があるのだと察してはいたけれど、まさか大切な妹を救うために医者になりたいだなんて、想像もできなかった。