「俺の夢は医者なんだ」
「え?」
静かな声で呟く。医者……医者だって?
そんな大それた夢があるなんて、初めて知った。
医者なんて、私には到底無理だ。頭が良くないとなれないし、仕事への責任感だってひとしおだ。
「医者になりたいと思ったのは中学に入ってからだけど、想いは人一倍あると思うぜ。さっきの話だと、夢への気持ちが強ければ強いほど、夢欠症には効果的なんだろ。だったら俺の夢を喰えば、しばらくは恵夢の病気だって良くなるんじゃないか? 多分、他のクラスメイトたちの夢より具体的だろうし、治療にはうってつけだと思う。まあ、他のやつらの夢なんか聞いたことないから、完全に俺の偏見だけど」
はは、とお茶らけたように笑う。けれど話をしている時の彼の表情は真剣そのものだった。自分の大切な夢を差し出すというのだ。そりゃ、深刻にならないはずがない。
「……ありがとう。ありがたい話だけど、さすがに今ここですぐに『じゃあお願い』って軽々しく言うことはできないよ。親御さんにだって聞いてほしいし、聞いたら多分反対されると思う。大事な我が子の夢を、たかだか同級生の女の子に譲るなんておかしいって。そもそもこの話自体信じてもらえないだろうし。だからちょっと、考えさせて」
「そっか。お前がそう言うなら仕方ない。でも俺はいつでも恵夢に夢を差し出す覚悟があるよ」
なんとか納得してくれたのか、結叶は静かに頷いてくれた。
「嬉しかった。そんなふうに、我が身も顧みずに大事な夢を差し出そうとしてくれて。だからその……ありがとうね」
素直な気持ちを伝えると、彼ははっと目を瞬かせた。何にそんなに驚いているのか分からない。私、何か変なことを言っただろうか。
「恵夢はさ……自分のこと、暗いとか陰キャだとか思ってんのかもしれねえけど、俺はそうは思わないな。俺の前では全然暗いやつじゃねえじゃん。だから自信持ちな」
まるで、晴れた日の木陰に差し込む木漏れ日のようにやわらかな光となって降り注ぐ。彼の言葉にはそんな不思議な力があった。
「本当に、ありがとう。その言葉だけで、救われた」
ひとりぼっちだったはずの日々が、いつのまにか結叶という存在によってかき消されていく。頭の中の絵日記の一ページには、私の隣に結叶の姿が描かれる。恋人でもない。ただの友達なのに、不思議だ。いっそのこと、彼が恋人になってくれたら——なんて、絶対ないな。第一私たちは出会ってまだ一月も経っていない。ちょっとばかりの妄想で、耳が熱くなった。変なことを考えちゃダメ!
「どうした恵夢? 顔が赤いけど」
「な、なんでもないっ!」
もし彼が夢を失ったら、今私が話している彼と、別人のようになってしまうのだろうか。
そんなことになったらきっと私は後悔するだろう。
純粋な目で私を心配する彼を見つめ返す。
きみの夢を、私はきっと食べられない。
でも私に夢を差し出そうとしてくれたその気持ちに、心が温もる思いがした。
「え?」
静かな声で呟く。医者……医者だって?
そんな大それた夢があるなんて、初めて知った。
医者なんて、私には到底無理だ。頭が良くないとなれないし、仕事への責任感だってひとしおだ。
「医者になりたいと思ったのは中学に入ってからだけど、想いは人一倍あると思うぜ。さっきの話だと、夢への気持ちが強ければ強いほど、夢欠症には効果的なんだろ。だったら俺の夢を喰えば、しばらくは恵夢の病気だって良くなるんじゃないか? 多分、他のクラスメイトたちの夢より具体的だろうし、治療にはうってつけだと思う。まあ、他のやつらの夢なんか聞いたことないから、完全に俺の偏見だけど」
はは、とお茶らけたように笑う。けれど話をしている時の彼の表情は真剣そのものだった。自分の大切な夢を差し出すというのだ。そりゃ、深刻にならないはずがない。
「……ありがとう。ありがたい話だけど、さすがに今ここですぐに『じゃあお願い』って軽々しく言うことはできないよ。親御さんにだって聞いてほしいし、聞いたら多分反対されると思う。大事な我が子の夢を、たかだか同級生の女の子に譲るなんておかしいって。そもそもこの話自体信じてもらえないだろうし。だからちょっと、考えさせて」
「そっか。お前がそう言うなら仕方ない。でも俺はいつでも恵夢に夢を差し出す覚悟があるよ」
なんとか納得してくれたのか、結叶は静かに頷いてくれた。
「嬉しかった。そんなふうに、我が身も顧みずに大事な夢を差し出そうとしてくれて。だからその……ありがとうね」
素直な気持ちを伝えると、彼ははっと目を瞬かせた。何にそんなに驚いているのか分からない。私、何か変なことを言っただろうか。
「恵夢はさ……自分のこと、暗いとか陰キャだとか思ってんのかもしれねえけど、俺はそうは思わないな。俺の前では全然暗いやつじゃねえじゃん。だから自信持ちな」
まるで、晴れた日の木陰に差し込む木漏れ日のようにやわらかな光となって降り注ぐ。彼の言葉にはそんな不思議な力があった。
「本当に、ありがとう。その言葉だけで、救われた」
ひとりぼっちだったはずの日々が、いつのまにか結叶という存在によってかき消されていく。頭の中の絵日記の一ページには、私の隣に結叶の姿が描かれる。恋人でもない。ただの友達なのに、不思議だ。いっそのこと、彼が恋人になってくれたら——なんて、絶対ないな。第一私たちは出会ってまだ一月も経っていない。ちょっとばかりの妄想で、耳が熱くなった。変なことを考えちゃダメ!
「どうした恵夢? 顔が赤いけど」
「な、なんでもないっ!」
もし彼が夢を失ったら、今私が話している彼と、別人のようになってしまうのだろうか。
そんなことになったらきっと私は後悔するだろう。
純粋な目で私を心配する彼を見つめ返す。
きみの夢を、私はきっと食べられない。
でも私に夢を差し出そうとしてくれたその気持ちに、心が温もる思いがした。



