この夢がきみに喰われても

「あのさ、恵夢、提案があるんだけど」

 手元のジュースを飲み干した結叶が一際明るい声で言う。

「なに?」

 今度はなんだろう。またデートしようとか、全然違う話だったら笑ってやる。でもデートだったら嬉しいから笑う前にこっちがにやけてしまうかも。なんて、取り留めのないことを考えた時、彼が言い放った。

「俺の夢を喰え」

「……え」

 聞き間違いかと思った。
 俺の夢を喰え……?
 一体どういう風の吹き回しだろう。
 今の話を聞いて、私に自分の夢を差し出すことのリスクを考えなかったわけじゃないはずだ。それなのに、どうして。

「あの……自分が何言ってるか、分かってる?」

「もちろん。恵夢に俺の夢を差し出すんだろ。そうしないと、恵夢の病気は治らないし、寿命だって短くなるんだろ」

「そ、そうだけど」

 結叶の言っていることは間違っていない。私が話した内容そのままだ。でもだからこそ、本当に事の重大さを理解しているのか、怪しい。

「ありがたい申し出なんだけど、さすがに出会って間もない結叶に頼むわけにはいかないよ」

「じゃあ他に誰かあてはあるのか? それこそ水原に頼む?」

「いや、その」

 結叶からすれば、私が誰かの夢を喰うことが当然になっているらしい。確かにそれしか治療法はないのだけれど、実際に他人の夢を喰うなんて、踏み切れるはずないよ。

「頼めないんだろ、他の誰にも。だったら大人しく俺の夢を喰っとけ」

 さも当たり前のように軽い口調で言うので、思わず彼の顔をまじまじと見つめてしまう。一体どうして? どうしてそんなふうに出会ったばかりの私に、大切なはずの夢を渡そうとできるの?

「……そんなに簡単に言っちゃだめだよ。自分の夢は大事にしなきゃ」

 胸にツウツウと刺すような痛みが走るのに気づかないふりをしながらそっと呟く。夢。夢、か。私にもかつては夢があった。作文にも書いた、中学校の先生になるという夢だ。ついでにバドミントン部の顧問にもなりたかった。だけど夢欠症になって、その夢ももう諦めかけている。今でさえ酷い発作に襲われることがあるのに、この先どれほど長く生きられるのかも分からないから。

 私は、まっすぐな瞳で「俺の夢を喰え」と命令してくる結叶の顔を、胸を、足を、つま先を、順番に見つめた。微動だにせずに私に自らの夢を差し出そうとしている彼は、どれほどの覚悟を持っているのだろうか。