この夢がきみに喰われても

「その、夢欠症っていうのは、本当に治らないのか?」

 結叶の疑問に、曖昧に首を縦に振った。

「それが、一応一つだけ方法というか、治る可能性がある治療法はあるみたい……。でも、とてもじゃないけど実行はできなそう」

「どういうこと? 治療法があるのに、お金がかかるから試せない、とか?」

「ううん、そうじゃないんだ」

 言い淀む私を見て、結叶は不思議に思ったんだろう。どうして治療ができないのか教えてほしい。そんな心の声がまっすぐに突き刺さる。
 信じてもらえるはずがない。だって私自身、治療法に関しては半信半疑なのだ。
 そう思うのに、心のどこかで結叶なら信じてくれるのではないかと思う自分がいた。

「……他人の夢を喰う必要があるらしい」

 ポツリ、と誰にも話したことのないその奇天烈な治療法を囁く。結叶は当然、「はい?」と頓狂な声を上げた。

「他人の夢を喰う? どういうこと?」

「それは……」

 私は、半信半疑ながらも医者がかつて私に話してくれたその治療法について語ってみせた。
 頭に装置をつけて、他人の夢をいただくこと。
 夢が具体的であればあるほど、夢への想いが強ければ強いほど効果的だということ。
 一度夢を喰われたら、その人はもう二度とその夢を思い描けなくなること。
 夢を喰えば喰うほど寿命が延びていくこと。

 およそ信じられない話を、結叶は黙って聞いてくれた。彼に頭のおかしなやつだと思われないかと不安でたまらなかった。けれどそんな私の心配をよそに、彼は「そんな治療法があるんだな」と頷いてみせた。

「もしかして、信じてくれるの?」

 もはや信じてくれる方が変だと思うくらいには、突飛な話だった。病気そのものも、聞いたこともなければ同じ病気の人に会ったこともない。結叶だって同じだろう。

「信じるしかないじゃん」

 あっけらかんとした口調で彼が答える。そのさっぱりとした物言いに、心臓がドクンと跳ねた。

「どうしてっ? こんなファンタジーみたいな話、どうして信じられるの?」

 思わず口から疑問が漏れる。自分で話したくせに、こんな問い詰め方はないだろうって思うけれど止まらなかった。

「どうしてって、そりゃ恵夢が嘘をつくような人間に見えないからだろ」

「……え?」

 予想外の言葉だった。私が嘘をつく人間に見えない? 出会ってまだ一月も経ってないのに、よくそんなことが——。

「少なくとも俺にはそう見える。それとも違うのか? お前は、こんな大切な話の最中に嘘がつける人間か?」

 真意を問うような彼の質問に、私は首を横に振った。

「だろ。だから恵夢の話は嘘じゃない。信じられる。というか、自分にとってすごくデリケートな話題で冗談を言うようなやつなら、はなから友達になってないって」

 まっすぐに私を信用してくれる結叶の言葉が胸に突き刺さる。
 ああ、私、ずっと欲しかったんだ。
 こんな言葉が欲しかった。
 たとえ私が病気になっても、性格が変わっても、無条件で信じられると言ってくれる人の温もりが欲しかった。
 変わらずに友達でいてくれる存在が欲しかったんだ。

「ありがとう」

 心がすっきりと晴れ渡るような心地がした。ただ病気について話をしただけで現状は何も変わらないのに、気持ちはずっと前を向いている。頭の中を駆けずり回る鈍痛もすっかりなくなっていた。
「病は気から」——この言葉が本当だったって、今なら信じられるかも。