この夢がきみに喰われても

「恵夢!」

 空気を切り裂くような結叶の声が響く。そのすぐ後で、「ちょ、どうしたの」と里香が呟く声も聞こえた。でも彼らの声を全て無視して私は駆ける。扉の向こうに出ると、一心不乱に真っ直ぐに進んだ。早く、早く、遠くへ行きたい。みんなのそばから離れて、一人になれる場所へ——そう思いながら走っていた時、ププーッ! というクラクションの音が響いた。

「危ないっ!」

 誰かに腕を掴まれたと気づいた刹那、お尻に鈍い衝撃が走る。「いたっ」と声を上げるくらいにはずっしりとした疼痛が全身を襲った。

「前見ねえと危ないだろっ!」

 耳元で響く怒号に心臓が大きく跳ねる。顔を上げると結叶の怒った表情がそこにあった。

「ご、ごめんなさい……」

 しゅんとして謝ると、結叶の顔が少しだけ緩む。

「おい、きみたち大丈夫か!?」

 今度は急停止した車から降りてきた運転手の男性が私たちの元へ駆け寄ってきた。前も見ずに道路に飛び出そうとしていた私を、結叶が歩道の方へ引きずり込んでくれたのだとその時に初めて理解した。

「だ、大丈夫です。すみませんでした……」

「それなら良かった。まったく、気をつけてくれよ。危うく心臓が止まりかけたんだから」

「本当に、申し訳ありません」

 結叶と一緒になって男性に謝る。彼はほっとした様子でまたすぐに車に戻って行った。
 
「はあ……。心臓が止まりかけたのは俺も同じだって」

「……ごめんなさい」

 何度謝っても謝り足りなかった。下手すれば結叶まで巻き込んで事故を起こしていたかもしれない。もしそんなことになっていたら、この身がいくつあっても後悔し足りないだろう。

「まあ、助かったから良かったよ。怪我はないか?」

「うん、ちょっとかすり傷ができた程度。結叶は?」

「俺も、切り傷程度だから安心して」

「そっか……。私のせいで、本当に——」

「もう謝んなくていい。それよりさっきの発作は?」

 彼に問われてはたと気づく。
 そういえば、発作ももう治まっている。 
 緊張状態が予期せぬ出来事で途切れて症状がなくなったのかもしれない。そんなことあるのだろうかと疑わしいけれど、夢欠症にはまだまだ解明されていない部分が多い。発作についてもひょんなことで治ることだってあり得る。そう思うしかなかった。

「あのさ、ちょっとゆっくり話さないか。さっきの発作のこととか、俺びっくりしちまって。なあ、もしかしてお前、どこか身体が悪いのか? だったら一緒に出かける身としては、知っておきたいんだけど」

 彼の申し出には筋が通っていた。
 そりゃ、クラスメイトのあんなところを見たら、誰だって気になるだろう。私が彼の立場だったとしたら、同じように尋ねると思う。どこか、悪いところでもあるのかって。
 私は、真剣に私を見つめる結叶の顔をじっと見返した。
 彼に、話してもいいんだろうか。
 夢欠症は変わった病気だ。話したところで信じてもらえると思えない。特に治療法の、「他人の夢を喰う」という部分。だからこそ、今まで里香たちにも伝えてこなかった。その結果気まずい空気のまま部活を辞めることになり、周りのみんなからは二重人格だと誤解されている。