この夢がきみに喰われても

「へえ〜なるほどねえ。もうキスとかした?」

「はっ?」

 信じられない里香の質問に、思わず変な声が口から漏れる。「キス」というワードに、教室にいるクラスメイトたちが一斉にこちらを振り返った。南さんと真島さんが、くすくすとお腹を抱えて笑っている。
 わざとだ。
 里香はわざと、私が嫌がるようなことを大声で聞いたのだ。底意地の悪さにゾッとする。と同時に、何とも言えない虚しさがじわじわと胸に広がっていく。
 里香はこんな嫌がらせをするような子じゃなかったのに……。
 私の知ってる親友の彼女は、確かに物事をはっきり口にするタイプだけれど、他人が嫌な気持ちになるようなことをわざと言うような人じゃなかった。
 一体何が、彼女をここまで変えてしまったんだろう。

「否定しないってことはしたんだ。キス」

「……っ! するわけ、ないよ。そもそも羽鳥くんのいないところでそんなこと言うなんて、失礼だよ」

「うわー、内藤のくせにうちらに反抗してんの? 保健室で男子と二人きりになる方が悪いんじゃん」

 私がこれ以上言い返せないのを知っていて、高らかに嘲笑う三人。
 この場に羽鳥くんが来たらどう思うだろう。
 どうか、まだやって来ませんように——と心の中で祈った。

 逆風に耐えるように、里香たちに散々言われながら、ひたすら俯いてやり過ごした。
 そのうち担任の北野先生がやって来てHRが始まる。 
 直線上にいるはずの彼は——まだ登校して来ていなかった。

「えー、今日の欠席は羽鳥一人だな。体調不良で欠席だそうだ。以上、委員長号令」

 先生の合図に合わせて委員長の林田くんが号令をかける。
 林田くんの隣の席の空白が、胸に一抹の不安を運んできた。
 体調不良って、まさか昨日の頭痛、本当だったの?
 だとすれば、サボりだなんて酷いこと言っちゃったな……。
 明日以降でまた羽鳥くんが来たら謝ろう。いやその前に、体調は大丈夫なんだろうか。ただの風邪ならまあ、数日で治るだろうが、そうじゃなかったら?
 私みたいに、何かの病気だったら——。
 そこまで考えて、周りのみんなが起立後にもう着席していることに気づいた。一人、慌てて椅子に座る。後ろから誰かの笑い声が聞こえた。
 私、なんで羽鳥くんのことをそこまで——。
 体調不良で学校を欠席するなんて、よくある話だ。彼が何か特別な病気にかかっているというわけじゃないだろう。ただ、このクラスで唯一まともに会話を交わした人物だから、気になっているだけ。
 それ以上でもそれ以下でもない。