この夢がきみに喰われても

「だってさ、あのキラキラした作文書いたやつが教室の隅で、誰にも声をかけらないように小さくなってたら、そりゃ心配になるよ。具合が悪いのかとか、みんなから良く思われてないのか、とか」

 具合が悪い。
 みんなから良く思われていない。
 
 核心をつく彼の言葉に、どきりと心臓が跳ねた。

「赤の他人の俺がとやかく言える筋合いはないって分かってるけど、なんかほっとけなくて。だから気を悪くさせたなら本当にごめん」

 眉根を寄せてしおらしく謝る彼に、どんな言葉をかければいいか分からない。
 こんなふうに、家族以外の誰かに心配してもらったのはいつぶりだろう……。

「……っ」
 
 胸に込み上げるものは、聞きたかった言葉をもらった時の感動、ずっと誰にも受け入れてもらえなかったことへの切なさ、悲しみ。ぐちゃぐちゃになった感情の嵐は、目の前でコロコロと表情を変える彼の前で、乱暴に吹き荒れる。気持ちの整理がつけられなくて、「なんで」とか「私は」とか、意味のなさない言葉が口から漏れては引っ込んだ。

「……俺さ、妹がいて、なんかお前みたいなやつ見てると、つい話しかけちまうんだよ。コミュニケーション苦手な癖に、我ながらよくやるよ」

 我が身を振り返って呆れているのか、ため息を吐きながら呟く彼。少しだけ開いた窓の外から、男の先生の野太い声が響く。体育で運動場にいる先生だろう。爽やかな初夏の風が、カーテンを揺らした。

「妹さんも、私みたいに陰気なの?」

 つい、気になって聞いた。
 言ってから、聞き方を間違えたと後悔する。

「はは、陰気ってのはひでえな。てか、全然陰気でもなんでもない。むしろ明るすぎて困るぐらいだ」

「明るすぎて困る……」

——もー恵夢ってば、ちょっと元気すぎ! 私らのことを置いてかないでよー!

 中学一年生の夏、里香や紗枝、朱莉と部活の練習後に市民プールに行った日のことが蘇る。部活終わりでへとへとの三人を差し置いて、ウォータースライダーを何度も滑り落ちた。あの頃はそう。毎日が本当に楽しくて、みんなで行くプールも夏祭りも、小学生の頃とは違い、親なしで自由に友達と出かけられることに開放感を覚えていた。

——みんな遅いって! 一番たくさん滑れた人が勝ち。あとでアイス奢ってもらう!

 体力も気力もあり余っていた私は、後ろでゼエゼエと息をするみんなに向かって、ウォータースライダーの頂上から手を振ってみせた。みんな呆れ顔だったけれど、どこか楽しそうに私を見上げて。プールの後、三人からアイスを奢ってもらって、結局みんなで回して食べたのもいい思い出だ。