この夢がきみに喰われても

「それであなたは、えっと」

「内藤恵夢です」

「内藤さん、階段から落ちたって本当? どんな状況だったか詳しく教えてくれる?」

「……急いで階段を降りてたら、最後の五段で足を踏み外してしまいました」

 この人と喧嘩して、教室から飛び出して気もそぞろな状態であてもなく階段を降りていた——というところまでは言う必要はないだろうと思い、割愛した。

「まあ、そうだったの。どこか痛いところはない?」

「両足首と、右腕が少し……」

「見せてもらえる?」

 中井先生が靴下をめくり、足首を見て優しく触れた。触れられるだけなら痛くはない。ただ、少し足首を回されると、思わず「痛い」と口から漏れてしまう程度には痛みがあった。
 右腕は、階段から落ちた時に下敷きにしてしまったので、身体の重みをもろに受けてしまった。こちらはもう少し時間が経てば治りそうな痛みだ。

「足首を捻って打撲しているようね。念のため保冷剤で冷やしておきましょう。今日一日は安静にしてくださいね」

「分かりました。ありがとうございます」

 怪我の程度が打撲で済んで内心ほっとしたが、同時にちょっと残念でもあった。
 もし大怪我したら、明日から学校に行かなくて済んだかもしれない。
 そんなふうに思ってしまう自分にぞっとする。
 ダメだよ大怪我なんて。お母さんもお父さんもお兄ちゃんも心配するし、何より大変な思いをするのは自分なんだから。
 と、頭では分かっているのだけれど、なんとか理由をつけてでもあの教室に入りたくないのだと、改めて思い知った。

「先生ちょっと今から職員室に用事があるから、少し空けるわね。十五分ぐらいで戻ってくると思うわ。二人ともゆっくり休んでて」

「はい」

 診断を終えた中井先生は、書類を抱えて保健室を出ていった。
 保健室に残されたのは私と羽鳥くんだけ。なんとなく気まずくて、いっそのこと寝てしまいたいけれど、本当に寝るのは怖い。矛盾した気持ちと向き合いたくなくて、目を閉じた。