この夢がきみに喰われても

「先生、こいつのこと診てもらえませんか?」

 一階の保健室の扉を開けた羽鳥くんは、中にいる養護教諭に声を掛けた。自慢じゃないが、私は中学生になって一度も保健室に入ったことがない。先生の名前もうろ覚えだ。

「あら、どうしたの?」

 お姫様抱っこされている私を見て、養護教諭が目を丸くする。胸には「中井(なかい)」と名札が付いていた。先生とは初対面なのに、こんな恥ずかしいところを見られるなんて最悪……!

「階段から落ちたみたいなんです。打撲とかしてないか、診てあげてくれませんか」
 
 落ち着いた口調で、彼は先生に状況を伝えた。本来なら自分の口で話すべきなのに、申し訳ない。けれど一人だったら今頃保健室にも辿り着けていなかったと思うと、彼には感謝しなくちゃいけない。
 ……いや、よくよく考えたら、彼が教室で変なことを言わなければ、こうはならなかったんじゃないか。
 ぼんやりとそこまで考えた時、先生が「ひとまずベッドへどうぞ」と促してくれた。
 羽鳥くんが私をベッドの上に降ろす。その瞬間、もう少し、と思ってしまった自分がいてはっとする。
 もう少し……どうして欲しかったんだろう。
 密着していた身体が離れたはずなのに、さっきよりもずっと身体が熱い。特に顔が熱を帯びて、耳まで赤くなっているような気がした。
 私を降ろした羽鳥くんは保健室から出ていくかと思いきや、傍に置いてある椅子に座った。え、嘘でしょ。もう授業だって始まってるのに、戻らなくていいの?
 案の定先生が羽鳥くんに、「あなたは戻っていいわよ」と伝えたが、羽鳥くんは首を横に振った。

「先生、俺も頭が痛いんで、ちょっとここにいてもいいですか」

「そうなの? まあ、そういうことならいいけど、治ったら戻るのよ」

「分かりました」

 なんということだろう。
 絶対嘘だと分かるような嘘をついて、彼は保健室に居座った。先生もあまり深くはツッコまないようで、彼の申し出通りに保健室に滞在するのを許可してるし。