この夢がきみに喰われても

 どこへ行こうとしてるんだろう。
 もう授業が始まってしまうというのに。
 本鈴が鳴っても、どういうわけか三年一組の教室に戻る気が起きない。きっともう担任の北野先生は教室に来ているだろう。私が席についていないと気づいて、「内藤はいないのか?」とみんなに問いかけるところまで目に見えている。その時教室がシンと静まり返るところまで、完璧に想像がついた。
 さすがに、学校の外に出ようという勇気はなかった。
 だったらどこに逃げればいいんだろう。
 逃げる? 
 私はどうして、逃げなくちゃいけないんだろうか。
 私が何か悪いことをしたから?
 病気が私を変え、周囲の反応を変えてしまっただけなのに。
 なのに、どうしてこんなにも居場所がない?

「ううっ……」

 あてどなく廊下を歩き、階段を降りながら涙が溢れてきた。
  
「私だって……普通に笑って楽しく過ごしたいだけなのにっ」

 里香や、紗枝、朱莉たちと一緒に、放課後には部活に専念して。部活が休みの日はみんなでカラオケや映画に行く。里香とはテスト前に互いの家で勉強会を開いたりもしていた。里香は私より成績がいいから、里香に分からない問題を教えてもらう時間が好きだった。
 クラスのみんなだって、「恵夢ちゃん」ってちゃんと名前を呼んでくれて。
 体育の時間にペア決めであぶれることもない。
 根暗なやつだと後ろ指をさされることもない。
「性格変わったよね」と心無い言葉を浴びせられることもない。
 教室には、日向があった。
 私の居場所がちゃんとあった。
 
「あの頃に戻りたいよ……」

 こんなにも些細な願いなのに、もう叶えることができない。 
 日が経つにつれて、病気は確実に進行している。頭痛がする時間が増えて、記憶が曖昧になることもある。授業で習ったことも、何度も復習しなければすぐに忘れてしまう。脳が冒されているのは火を見るよりも明らかだ。

 ふらふらとした足取りで、階段を降りる。途中、段を踏み外そうになって焦って手すりを握った。心と身体は繋がっている。油断をすればすぐに大怪我に繋がってしまうだろう。
 どこに行けばいい?
 私の居場所はもう、どこにもないんだろうか。
 一段、一段、ゆっくりと階段を踏み締める。
 どこに行こうとしているのか自分でも分からないまま。出口に向かっているのかもしれない。学校という場所は、私をがんじがらめに縛りつけるから。無意識のうちに、外に出たいと願っている。外に出たって、どこにも行くあてなんかないのに。