桜の花が舞い散る、中学校の入学式。
私の小学校からは、2クラス全員が入学。
そして他2つの小学校と、全部で6クラスの大きな入学式。
いつもの顔に、知らない顔。
みんな同じ制服。新しい制服。
そこで出逢った、王子様。
「落としたよ。ハンカチ」
「あ、ありがとう……」
指が長くて、綺麗な手。
サラサラの髪に、キラキラした瞳。
鼻筋も通って、薄い唇もしっとりしてて優しい微笑み。
……こんなイケメン見た事なかった!!
「同じクラスだね。俺は、藤宮紫苑よろしくね」
「よっよろしく、わ、私は小山ほのか」
「よろしく、小山さん」
声も話し方も大人っぽい!
藤宮紫苑君、名前までかっこいい!
同じクラス!?
やったーーー!!
私のように、彼を初めて見る女子達はソワソワ。
彼と同じ小学校だった女子達は、まるで自分達が選ばれた者たち、みたいな態度で彼に馴れ馴れしく話しかけていた。
それでも彼は誰にでも、優しく微笑んだ。
私の初恋。
初めての恋。
彼に夢中……!
大好き……!
でも、当然そんな女子は私だけではなかった。
私と同じように、彼に恋をした女子は、それはもう沢山いた。
ニ年生、三年生のなかでも大人気。
みんなが、彼に夢中になっていく。
可愛い子も、綺麗な先輩も、頭の良い子も、スポーツができる子も、彼を好きになっていく。
私なんか……私なんかじゃ……。
「小山さんって、イラスト描けるの? すごいね! 俺全然ダメだよ」
「へ、下手くそだよ」
「すごく上手だよ」
キューーーン……!!
諦めなきゃって思うのに、彼は誰にでも優しい。
私なんかにも、誰にでも話しかけてくれる。
優しい王子様。
同じ小学校のクソバカガキ男子とは大違い。
「夢は神絵師かな?」
「でも……無理だよ」
「なんでさ!? 俺も、お前にプロダンサーなんか無理! 諦めろって言われるんだけどさ。絶対叶えてやる! って思ってるんだ」
「藤宮くんだったら、絶対できるよ!」
「ありがと! だから小山さんも諦めないで? じゃあお互い頑張ろうね」
藤宮くんが言う、プロダンサー無理! は多分、ダンスの先生からの叱咤激励ってやつ。
だって、この前のダンス大会で優勝したらしいし。
どこかでバックダンサーしてるっていう話も聞くから、もうプロなんだよ……。
すごい。すごい、かっこいい。
ダンスしてる人って、チャラチャラしてるイメージがあったけど、藤宮くんは爽やかな王子様。
無意識にダンスしてる王子の絵を描いちゃう。
「え、小山さん、その絵! めっちゃいいね!」
「ひゃ藤宮くんっ……あ、あの……ダンスしてる……王子様を描いてて……」
「いいなぁ! 俺もこんな風にかっこよくなりたいよ。最高の王子様だね」
あなたがモデルです!!
……なんてキモいから言えない。
「じゃあ、また見せてね」
あぁ優しい。
最高に素敵な王子様が、平民の私にも、別け隔てなく優しくしてくれる……。
もっと、もっと、もっと好きになっちゃうって……ダメなのに……。
中学校に入ってから、授業のスタイルも変わっちゃって、あんまり楽しくなくなった。
そんななかでも、藤宮くんは、面白みもある真面目な質問をして、先生も燃えて答えちゃって楽しい授業になったり。
いっつも最高3組!
全クラス6組あるけど、藤宮くんと同じクラスになれた3組は、みんなに羨ましがられる。
私は人生で一番の運を使い果たしちゃったのかもしれない。
それでもよかった! 同じクラスで嬉しいよ。
毎日、顔が見られて嬉しいよ。
好き好き大好き。
でも、私なんかが、藤宮くんの彼女になれるはずなんか――ない。
藤宮くんのまわりには、今日も彼に恋する可愛い女子が群がっている。
パクパクと口を開けて、空っぽな話で笑って彼に群がる姿は、まるで沼の鯉達みたいだ。
顔だけは可愛い、沼の鯉。
可愛く生まれてよかったね!
顔だけよくて、よかったね!
どうせ、みんな顔だけで脳みそ空っぽ魚類なくせに……!!
私は教室のすみっこで、ノートに鯉の群れを描いてグチャグチャに塗りつぶしていた。
「……いやだ……私、なんてことを……」
私は、初めての恋をして、恋ってこんな辛いんだ……って思い知った。
初恋をして、ドキドキして、ときめいて、ワクワクして、どんどん可愛くなって素敵になっていって。
『地味な女子でしたが、学校1のイケメンに溺愛されています。』
そんな未来……。
そんな未来が来るわけない。
来るわけないがないだろっっ!!
来るわけないだろーーーがぁ!!
私の心には、真っ黒な泥がどんどんと溜まっていく。
そんな時に、ふと思い出す。
都市伝説……。
ここは都市でも、なんでもない、寂れた町だけど……。
私が幼稚園の時に、すごく流行った都市伝説があったんだ。
この町の外れにある小さな山。
大きな公園も作られて、子どもの遊び場にもなっているんだけど、遊歩道を外れた先に、沼がある。
『溺遭沼』
できあいぬま……。
その沼には、大きな大きな鯉が二匹いるらしい。
黒い鯉と、白い鯉。
巨大な身体で、口がものすごく大きいから、ネズミなんか丸呑みできるくらいだって……。
それで何をするかって……。
あの女達を呪い殺してもらうわけじゃない。
ニ匹の鯉は、恋神様なのだ。
だから純粋な恋心をお願いする。
あの人と結ばれたい。
あの人から溺愛されたい。
真っ白な恋心の成就を祈る。
そして供物と、恋しい人の名前を書いて丸めて、沼に投げ入れる。
その丸めた紙を……、
白い鯉が食べると、その恋は絶対に成就する。
……だけど、黒い鯉が食べたら……。
その都市伝説が流行った年、マスコミが取材にも来た。
それから立て続けに、中学生の男子、主婦、小学生の女子が沼で死体になって見つかった。
都市伝説というか、そこはただの連続溺死事故現場になった。
そのテレビ報道回は、封印されて、溺遭沼は二度とテレビに出る事は、なくなった。
幼稚園児だった私達には、その沼には絶対に近づかない。一人で山に入らない。
絶対に、絶対に!
そういう指導が徹底的にされた。
怖い怖い、恐ろしい都市伝説。
同級生たちの記憶はそこで止まって、終わっているはずだ。
でも、私は……数年前に、ある検証動画を見てしまったんだ。
(物理的に)顔だけのキャラが、二人でオカルトネタをゆっくりわかりやすく解説してくれる動画チャンネルだった。
封印されたテレビ動画がまず流れた。
懐かしい。
平成な格好のアナウンサーが、沼で都市伝説を説明。
その時はまだ笑い話みたいにして『あれが黒い鯉でしょうか!?』とかアホくさくやっていた。
このアナウンサーとプロデューサーは、変死したらしい。
その後の溺死事故のニュースが、三つ流れた。
三人とも、不可解な死に方で、主婦は自殺とも言ってたな。
そして(物理的に)顔だけのキャラが、掛け合いしながら色々教えてくれた。
『それじゃあ、ただ危ない沼を紹介して、溺れた犠牲者を出しただけってこと? とんでもない都市伝説だわ』
『被害者だけを見れば、そうなるよな。でもこの都市伝説をよく考えてくれ。黒い鯉が食べたら……お察しのとおりだが、白い鯉が食べたら……どうなるんだと思う?』
『そりゃあ、恋が叶うんでしょ?』
『そうだ。恋を叶えた人は、たくさんいるかもしれないんだぜ』
『でもそんな事、検証できないじゃないの』
『それが実はだな。有名人の配偶者になっている数名が、この町の出身者であることを突き止めたんだ』
『えぇ! どうやって調べたの』
『ゲフンゲフン。そこは企業秘密ということにさせてくれ。でもワタシ調べで、よくある「一般人の方と入籍しました」と言われる「一般人の方」がこの町の出身者だった……数名と言ったが、5人もいるんだぜ』
『ちょっと待って! それってつまり……溺遭沼の恋神様に願って、白鯉様が飲み込んで、憧れの芸能人と結婚できたってこと!?』
『そういうことなんではないかと、ワタシは思う』
『そういう事ならワタシだって、二分の一の確率に賭けたいわ! 早く、早く溺遭沼に行かなきゃ!』
『まぁ、待て。ちゃんと供物が必要なんだ。何が必要なのか当時流行した時の資料を漁って調べたんだが、一つでも欠けたら即、黒鯉様らしい。もしかしたらワタシの調べた供物情報は間違っているかもしれない。そこは自己責任で試してくれよな』
『わかったわ!』
……この動画は、もう見ることはできない。
規約違反にされたのか、投稿者が削除したのか、もう見れない。
でも私は、興味本位で、ノートにメモをしていたんだ。
小4の私、えらいぞ。
もう、これに賭けるしかないよ。
このドロドロとした泥みたいな恋心が、胸にどんどん溜まっていく。
もう喉にまで達して、私は窒息死しそう。
藤宮くん……藤宮くん……大好きすぎるよ。
普通の一般人が芸能人と結婚できたんだから、学校一のイケメンと……付き合うくらい簡単な気がする。
もちろん結婚もする。
絶対結婚する。
私は地味だけど、可愛くはないけど、ブサイクではないし、きっと大人になれば、こういうタイプが一番花開くんだと思う。
でもこのままじゃ、早く咲いただけの女子達に、藤宮くんを取られちゃう。
あぁ、また泥がどんどん心の底に積もってくる……苦しい。苦しい。
苦しい……!!
やっぱり、溺遭沼の恋神様に祈ろう。
五人の成功者。
三人の失敗者。
そう考えたら、成功する方が多いんだよ。
やるしかないじゃん。
ゆっくりしている場合じゃない。
まずは供物集めだ。
恋している人の毛髪。
藤宮くんの毛髪……。
私の未来の旦那様。
供物集めにちょっとだけ、協力してね。
二人の未来の幸せのためだから。
私は通販でゲットした物を持って、教室の藤宮くんに話しかける。
藤宮くんは、誰が話しかけても笑顔で答えてくれるんだ。
「え? これ、最近バズってた豚毛のブラシ? 使ってみたかったんだよね。いいの?」
「うん。是非使ってみてほしいな」
お小遣い、全部使って買った豚毛の最高級ブラシ。
SNSで、藤宮くんも欲しいって言ってたよね?
全部見てるから知ってるんだ。
藤宮くん、嬉しそうにサラサラの髪を梳かしてくれる。
あぁ~微笑みながら、髪を梳いて、かっこよすぎる。
シャンプーもリンスもコンディショナーもヘアオイルも、同じものを使ってるけど、そんな風にはならないのですが?
まつ毛も長くて、唇もどうしてそんなに綺麗なの?
「ありがと~すごく気持ちいいね。あ、待って俺の髪の毛ついちゃってるかも」
「いいよいいよ~大丈夫! 使いたい時また言ってね」
「うん。ありがとう」
あぁ、なんて気遣い十分の王子様なんだろう。
その髪に触れて、指先で梳いて、絡め取れる関係だったらいいのに……。
髪の毛は二本ゲットできた。
嬉しい。
これで藤宮くんのクローンを作れたらいいのに、とも思うけど、私は彼の心も心底愛しているんだ。
顔だけじゃない。全てに恋している。
「おい、小山」
「放課後、校舎裏に来な」
キツく声をかけられる。
可愛い可愛い、早咲きの女子達から校舎裏に呼び出された。
「あんたさ~紫苑に馴れ馴れしいんだよ? 底辺が何を調子乗ってんだよ!」
五対一でこの罵声。
何で紫苑くんを呼び捨てにしているの?
いつも紫苑くんの周りで、可愛く振る舞っているのに、女子って怖い。
「ブスが紫苑に近づくな!」
お前がな……!!
さすがに、自分達がいじめる側だと思ってるから、スマホ撮影はしていないみたい。
私は、ポケットにあるスマホの録音機能をオンにした。
「ご、ごめんなさい……でも、私……ふ、藤宮くんは同じクラスメイトだから……こんな五人に責められるなんて……校舎裏に呼び出されるなんて……お、思ってなくって……うう」
震える声で状況を説明する。
「あー? 色目使ってるよね? ブラシとか渡してさ。キモいんだよ!」
「あ……っあ……っあのブラシは……すごくよかったから……」
「そうだよ! あんたなんかにはもったいないよ! ブス!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ。わ、私、私~~~ううう」
私は、泣き出した。
あぁ~こんな馬鹿女達に、囲まれている紫苑くんが可哀想で、可哀想で。
泣けてきちゃう。
泣き声も大きく、泣いちゃおう。
「謝るくらいなら、もう近づくんじゃないよ!!」
「ううっ~ひっくひっく」
「紫苑だって迷惑してるんだからね!」
なんであんたみたいなクソ虫に、紫苑くんの気持ちがわかるの?
ちょっと……いや、だいぶイラッとしちゃったぞ。
私は後ろで、右の拳にハンカチをくくりつける。
「でも、でも……私……ひっく……ぐぇえええ」
「泣いてて、うぜーわ! キモい! もう行こ……!」
あ、女子達が行ってしまう!
これで終わりか、生ぬるいなぁ!!
「ひっく、ひっく、びぇえ。ごめんなさいぃいいい!」
私は、泣き叫んだ。
被害者だもの。
怖い、怖いわぁ!
私は、呼び出された、いじめられた被害者ですから!
「あ、ぎゃああ! 怖い! ごめんなさい! もうしませんからぁああああ!! 許してくださいぃっ!!」
私は、泣きながら走って突進。
リーダー格の女子の、ブレザーの襟元を掴んだ。
「えっなに」
目を丸くした顔は、ブス。
右ストレートでぶっ飛ばした。
「ぎゃっ」
可愛い女子の顔面から、鼻血が吹き出る。
二つ目の供物。
『最大の恋敵の血』
最大でもないとは思うけど、今のところお前の血だよね?
ってことで、血濡れたハンカチ、ゲットだぜ!!
あーーっはっはっは!
いいね! いいね! どんどんいこう!
さぁて、次の供物はなんだっけ?
確か、恋する相手の血族の骨だっけ?
新鮮な方がいいのかな?
どんどんいこう!
どんどんいこう!
待っててね、紫苑……!
お待ちくださいませ、溺遭沼の恋神様――。



