恋するシングルマザーは忙しい!

午前の診療がようやく終わり、奈緒子はスタッフルームに戻った。持参したお弁当を広げ、疲れた身体を休めながらホッと一息つく。窓から差し込む日差しが心地よく、仕事の忙しさを忘れるひとときだった。

そこへ、内科医の春川瞳が軽やかな足取りで入ってきた。50代とは思えない若々しい姿で、白衣の裾を揺らしながら奈緒子に声をかける。
「奈緒子さん、お昼休憩? あら、お弁当なんて偉いわね。」
「こんにちは、春川先生。お疲れ様です。」奈緒子は笑顔で挨拶したが、瞳の目がきらりと輝くのを見て、嫌な予感がした。
「ところで、奈緒子さん。」瞳は椅子を引き寄せ、奈緒子の隣に座る。
「実はね、あなたにピッタリの人をまた見つけたのよ。」
「えっ…またですか?」奈緒子は箸を止め、少し疲れたように微笑んだ。
「今度は本当にいい人!大手企業の課長さんでね、背も高いし、話していて楽しいのよ。」瞳は自信満々に続けた。「先週たまたま知り合って、あなたにぴったりだと思って連絡先を聞いておいたの。」
奈緒子は過去の「難あり」男性たちの顔が脳裏に浮かび、思わず小さくため息をついた。
「春川先生、いつもありがとうございます。でも…どうでしょう。最近、あまりその気になれなくて。」
「そんなこと言わないで!」瞳は少し身を乗り出し、情熱的に説得を始める。
「前回はちょっと外れだったかもしれないけど、今回は本当に自信があるのよ!お昼ご飯にでも行ってみない?」
奈緒子は困ったように笑みを浮かべた。
「うーん…どうしてもっていうなら、考えておきます。でも、期待しないでくださいね。」
「まあ、そう言いながらも、きっと気に入るわよ!」瞳は満足そうに微笑み、立ち上がった。「じゃあ、詳細は後で伝えるから!」
奈緒子は瞳の背中を見送りながら、小さく首を振った。
「本当に世話好きなんだから…。」独り言のように呟きながら、再びお弁当に手を伸ばしたが、次に瞳が持ってくる相手がどんな人なのか、少しだけ気になってしまう自分がいた。


奈緒子は、待ち合わせ場所の落ち着いたカフェでテーブルに着きながら、少し緊張した様子で時計を見た。約束の時間より数分早く着いたが、スーツ姿の男性が颯爽と扉を開けて入ってくるのが目に入った。
「柏木さんですね。初めまして、田村です。」
男性は丁寧な挨拶と共に軽く頭を下げ、席に着いた。背は高く、スーツもよく似合っていて、瞳の言う通り「スペックの高い男性」という印象だった。奈緒子は微笑みながら返事をした。
「初めまして、柏木です。今日はお時間をいただいてありがとうございます。」
注文を済ませた後、田村が少し身を乗り出すようにして話し始めた。
「実は私、現在角花商事で課長職をしておりまして、業務内容としては…」
そこから始まった話は、ほとんど田村の仕事や経歴、自分がいかに努力を重ねてきたかという内容だった。奈緒子は最初こそ相槌を打ちながら聞いていたが、次第に「会話」ではなく「独演会」であることに気付く。
「それでですね、次期プロジェクトでは私がリーダーとして…」
田村の言葉は止まらず、奈緒子が何か話そうとすると、その隙間を埋めるようにまた自分の話を続けた。

奈緒子はスープを一口飲みながら、心の中で考えた。
(確かに見た目や経歴は申し分ないけど、会話ってこういうものじゃないわよね…。)
ランチが終わる頃には、奈緒子の疲労感だけが増していた。「話してて楽しい」と言っていた瞳の言葉が、どこか引っかかり、苦笑いを浮かべながら別れの挨拶をした。


翌日、病院の昼休憩でスタッフルームに入ると、瞳がすぐに話しかけてきた。
「どうだった?田村さん!背も高くて素敵だったでしょう?」
瞳は興味津々の表情で奈緒子を見つめている。奈緒子は椅子に座り、少し困ったように微笑みながら答えた。
「ええ、確かに見た目も立派で、話し方も丁寧でした。でも…ちょっと私には合わないかもしれません。」
瞳は一瞬驚いた顔をした後、微妙に口を尖らせながら言った。
「どうして?彼、仕事もできるし、話題も豊富でしょう?」
奈緒子は笑いをこらえながら首を振った。
「春川先生が言う『話していて楽しい』っていうのは、きっと話す側の田村さんが楽しいって意味ですよね。聞く側の私としては、ちょっと…」
瞳は「あらまぁ」と声を上げて肩をすくめた。「そんなこと言うの、奈緒子さんくらいよ。」
「でも、こういうのは縁ですから。田村さんには、もっとぴったり合う方がいると思います。」奈緒子はそう言いながら、柔らかく瞳を見た。

瞳はしばらく考え込むようにしていたが、やがて軽く笑って言った。
「仕方ないわね。せっかくのイケメンだったのに。でも、次はもっといい人を探してくるから、覚悟してね!」
奈緒子は苦笑いしながら答えた。
「ありがとうございます。でも、本当に無理しないでくださいね。」
瞳が「次こそは!」と意気込む姿を見送りながら、奈緒子は再び心の中で小さなため息をついた。