恋するシングルマザーは忙しい!

土曜日の午後、深尾弘樹は自宅のキッチンで、真剣な表情でオーブンの前に立っていた。
「これで焼き加減は完璧…だよな。」彼は慎重にクッキーを取り出し、その焼き色を確認すると、満足げに頷いた。

「陽平君に渡すついでに、奈緒子さんにも…。」そう呟いた瞬間、自分の考えに気づき、弘樹は少し赤くなった。「いや、あくまでお礼の一環だってば。」

日が傾く頃、弘樹は焼き上がったクッキーをラッピングし、陽平のマンションを訪れた。玄関のインターホンを鳴らすと、奈緒子が出迎えてくれた。
「あら、深尾君。いらっしゃい。」奈緒子の柔らかな笑顔が目に飛び込んできて、弘樹は一瞬、言葉を詰まらせた。
「す、すみません、突然で。これ、陽平君に渡そうと思って焼いてきたんですけど…その…奈緒子さんも、もしよかったらどうぞ。」

彼が差し出した袋の中には、小さなリボンで丁寧に結ばれたクッキーが入っている。奈緒子は驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。
「まあ、クッキーを焼けるなんてすごいわね。ありがとう、いただくわ。」
弘樹は彼女の笑顔にほっとしながらも、心臓が早鐘を打つのを感じていた。

翌日のサークル活動中、陽平たちとテーブルを囲みながらボードゲームに興じていた弘樹は、ふと奈緒子のことを思い出した。そして、次の瞬間には軽い提案のつもりで言葉を口にしていた。
「そういえば…陽平君のお母さん、ボードゲームとか興味あるのかな?」

陽平は一瞬驚いた顔をしたが、「母さん?いや、どうだろ。普段あんまりやってないけど…興味はあるかもな。」と答えた。

彩夏が「奈緒子さん、前にお昼ごちそうになったときも気さくで優しかったし、一緒にやったら楽しそう!」と乗り気になる。
弘樹はその言葉に内心喜びつつ、なるべく自然な調子で付け加えた。
「今度、軽いルールのゲーム持ってくるんで、奈緒子さんも一緒にどうかな?」
陽平は「まあ、母さんが暇ならな」と軽く流したが、弘樹は心の中で一歩踏み出せた気がした。

数日後、奈緒子がリビングで紅茶を飲みながら、陽平とサークル仲間がゲームの話をしているところに弘樹がいた。話の流れで、奈緒子が「ボードゲームって、奥が深いのね」と興味を示した瞬間、弘樹は自分の好きなゲームやその背景について丁寧に説明し始めた。

「例えばこのゲームは、中世ヨーロッパが舞台で、プレイヤーが領地を拡大していくんです。歴史が好きなら絶対面白いと思います。」
奈緒子は真剣に耳を傾けながら、「そうなのね。深尾君は歴史に詳しいのね。」と感心した様子を見せた。
弘樹は顔を赤くしながら、「いや、自分が興味あるだけで…奈緒子さんも、もし何か好きな分野があれば教えてほしいです。」と、少し勇気を出して言葉を添えた。

奈緒子は微笑み、「最近は本を読むくらいかしら。でも、ボードゲームにも少し興味が湧いてきたわ。」と答えた。その一言に、弘樹は小さな希望を感じるのだった。