恋するシングルマザーは忙しい!

榎本隼人は、陽平のマンションを訪れ、初めて奈緒子と出会った日のことを、何度も思い返していた。
リビングに現れた奈緒子の柔らかな笑顔、気さくな声かけ、そして陽平の「母親」という肩書きには到底似つかわしくない美しさ。その全てが彼の記憶に鮮烈に刻み込まれていた。

翌日、隼人は陽平と大学のカフェテリアで昼食を取っていた。表向きは何事もないふりをしていたが、内心では奈緒子のことが頭から離れなかった。
「お前んちのリビング、めっちゃ居心地いいな。お母さんも優しそうだし。」隼人はスプーンを動かしながら、できるだけさりげなく言葉を投げかけた。
陽平は笑いながら返事をした。「まあな。母さん、気楽に話せるだろ?昔からそんな感じなんだよ。」
「いや、めっちゃ若いよな。正直、びっくりした。」
隼人の言葉に陽平は「まあ、よく言われるけどさ」と軽く流したが、その瞬間、隼人は自分の胸の内を悟られないように目線を下げた。

夜、自室のベッドに寝転びながら、隼人は独り言をいう。
「陽平の母親…だよな。普通なら、こんなのあり得ないだろ。」
スマホを手に取り、何度か陽平の名前をタップしかけたが、そのたびに深いため息をついて画面を閉じた。
「俺が何かしたら、絶対変な空気になるに決まってる。」
だが、頭では分かっていても、彼女の笑顔や物腰の柔らかさが心から離れない。特に奈緒子が「また遊びに来てね」と言ったあの瞬間の温かい声が耳に残っていた。

数日後、大学のテニスコートで練習をしていた隼人は、ボールをラケットで打ちながら考えた。
「こんなことでビビってる場合じゃない。俺は…本気なんだろうか?」
その思いに整理をつけるため、隼人はその日の練習後、また奈緒子のマンションを訪れることを決意した。だがその前に、自分自身に問いかける必要があった。
「俺は奈緒子さんを『陽平の母親』としてしか見られないのか?それとも、ひとりの女性として好きなのか?」
テニスコートの夕日を背に、隼人の心は揺れ動いていた。