恋するシングルマザーは忙しい!

春の終わりを告げるように、柔らかな風が窓から入り込む午後。奈緒子はリビングで紅茶を飲みながら、ふと自分の心に問いかけていた。
隼人の真剣な告白を受けた日から、ずっと答えを出せずにいる。年齢差や陽平の友人という立場、そして世間の目――彼女を縛るものは多い。それでも、隼人の真っ直ぐな想いを否定することができない自分がいる。
紅茶の湯気越しにぼんやりと窓の外を眺めながら、奈緒子は微かに笑った。
(本当にまっすぐで、純粋で…あんなふうに言われたのは、いつ以来かしら。)

その晩、陽平が部屋から出てきたタイミングを見計らい、奈緒子は彼をリビングに呼んだ。
「ちょっと話があるの。」
陽平は怪訝そうな顔をしながらも、「何?」と椅子に座る。
奈緒子は少し躊躇いながらも、思い切って口を開いた。
「陽平、もしも、母さんが…少し変わった選択をしたら、どう思う?」
陽平は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに何かを悟ったように視線をテーブルに落とした。そして、しばらく沈黙が続いた後、口を開いた。
「隼人のこと、だよな。」
奈緒子は動揺しつつも、静かに頷いた。陽平は深く息を吐いて椅子に背を預ける。
「正直、変だなって思う。でも…母さんが本気なら、俺は別にいいと思うよ。」
奈緒子は目を丸くした。陽平は目線をそらしながら続ける。
「隼人は真面目だし、母さんを本気で大切にしようとしてるのは分かるから。俺としては、母さんが幸せならそれでいいよ。」
奈緒子は胸が熱くなり、思わず涙がにじむのを感じた。
「ありがとう、陽平。」

数日後、奈緒子は隼人を呼び出した。場所は街の小さなカフェ。隼人は緊張した面持ちで現れた。
「わざわざすみません、奈緒子さん。」隼人は真剣な顔で席につく。
奈緒子は少し微笑みながら、温かいコーヒーを一口飲んだ。そして、彼の目を見て話し始めた。
「榎本君、あなたの気持ちは本当に嬉しい。でも、私にはたくさんの迷いがあった。」
隼人は黙って頷く。その瞳の奥に揺るぎない覚悟を感じた奈緒子は、静かに続けた。
「でもね、私も自分に正直でいたいと思ったの。だから、もしあなたが本気で私のことを思ってくれているなら、私もそれを信じてみたい。」
隼人の顔がパッと明るくなり、そして真剣な表情に戻る。
「ありがとうございます。奈緒子さん、絶対に後悔させません。」
奈緒子は照れ隠しのように笑い、「後悔させないかどうかはこれから次第ね」と答えた。

その夜、奈緒子はベッドの中で窓の外を見つめていた。月明かりがカーテン越しに部屋を照らしている。
(私は、正しい選択をしたのかしら。)
けれど、隼人の真剣な顔と陽平の優しい言葉が胸に浮かび、奈緒子はそっと微笑む。
(幸せは、自分で掴むもの。これからも、ゆっくり歩いていけばいいわよね。)
奈緒子の新たな一歩を示唆するように、窓の外には次第に夜明けの光が差し始めていた。

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