恋するシングルマザーは忙しい!

外来の対応がひと段落し、奈緒子はスタッフルームに戻った。午前中の忙しさに少し疲れた体を椅子に預け、テーブルに置いたペットボトルのお茶を手に取る。
(最近、なんだか妙な感じ…。)
隼人が試合後に見せた真っ直ぐな目と、弘樹がゲーム中に見せた優しい気遣い。それらの記憶が断片的に蘇り、奈緒子は少しだけ首を振った。
(若い子たちが、ちょっとした気まぐれで優しくしてくれるだけ。私が意識する必要なんてないのよ。)
そう思うたびに心の中のざわつきが大きくなるのを感じた。隼人の真剣な声や弘樹の柔らかい笑顔が、まるで目の前にあるように鮮明に浮かんでくる。

「奈緒子さん、大丈夫ですか?」
不意に声をかけられ、奈緒子はハッと顔を上げた。隣には、会計業務を終えた都築雄二が立っていた。
「あら、都築君。どうかしたの?」奈緒子は努めて平静を装い、笑顔を浮かべた。
「いや、ちょっと疲れているように見えたので…。最近忙しいですし、無理しないでくださいね。」雄二は控えめながらも真剣な目で奈緒子を見ていた。
その言葉に、奈緒子は少し驚きながらも安心感を覚えた。
「ありがとう、大丈夫よ。ただ、考え事をしてただけ。」
「そうですか。ならいいんですけど…何かあればいつでも言ってくださいね。」
雄二は柔らかく微笑むと、奈緒子の前に置かれた空のお茶ボトルに目を向けた。
「よかったら、冷たいお茶を持ってきますよ。」
「いいの?じゃあお願いしようかしら。」

雄二がスタッフルームを出て行った後、奈緒子は自分の両手を見つめ、小さく息を吐いた。
(自分の気持ちが分からない。隼人君や弘樹君がどう思っているかよりも、私がどうしたいのか…。)
一人きりになった空間で、奈緒子はまた思考の迷路に入っていった。自分がただの「陽平の母親」ではなく、ひとりの女性として誰かの目に映っているという感覚。それは心地よさと戸惑いが交錯する、不思議な感覚だった。

しばらくして、都築が冷たいペットボトルのお茶を持って戻ってきた。
「どうぞ。少し冷たすぎるかもしれませんけど。」
「ありがとう、助かるわ。」奈緒子はお茶を受け取りながら、穏やかな笑みを返した。
「奈緒子さんって、どこか無理して頑張りすぎてる感じがするんですよね。」雄二はふと口にした。
「そうかしら?」奈緒子は少し驚いたように問い返す。
「ええ。でも、それが奈緒子さんの魅力でもあるんですけどね。」雄二は照れくさそうに笑いながら立ち上がった。「そろそろ午後の部が始まりますね。頑張りましょう。」
その背中を見送りながら、奈緒子は湧き上がる感情をそっと押し込めた。