恋するシングルマザーは忙しい!

湯気が立ち込めるバスルームで、奈緒子はバスタブにゆっくりと身を沈めた。暖かいお湯が身体の疲れを溶かしていく感覚に、ようやく力が抜ける。
「今日も疲れたわね…。」静かな独り言が湯気に混じって消えていく。
目を閉じると、昼間のテニスコートの情景が鮮明に蘇った。隼人がコート上で見せた真剣な表情、激しいラリー、そして試合を決めた瞬間の彼の笑顔。特に、試合後に彼が言った言葉が頭から離れない。
「奈緒子さんが応援してくれて、本当に嬉しかったです。」
奈緒子はため息をつき、そっと目を開けた。
(どうしてあんな真っ直ぐに目を見て言えるのかしら。若いって、ああいうことを言うのが自然にできるものなのね。)

ふと、陽平の反応を思い出した。
「母さんの方に気合い入ってたっていうか…」
彼の言葉は軽口だったが、どこか釘を刺されたように感じた。
奈緒子は少しだけお湯をかき混ぜながら、心の中で自問する。
(私が揺れる必要なんてない。彼は陽平の友達で、大学生。若さゆえの気まぐれみたいなものよ。)
そう自分に言い聞かせるたびに、隼人の真剣な目が浮かぶのが困ったものだった。コートの中の彼は子供でもなく、陽平の友達という枠でもなく、「ひとりの男性」だった。

奈緒子は苦笑いを浮かべながらバスタブの縁に寄りかかった。
(それでも、私には関係のない話よね。そんなことを考えるのもおかしい。)
湯気に包まれながら、ふと心が静まる瞬間が訪れる。頭の中のざわつきが消え、代わりに一つの感情が芽生えた。
「でも…あんなに頑張る姿を見たら、応援したくなるわよね。」
奈緒子は軽く頭を振り、バスタブから立ち上がった。お湯が滴り落ちる音が、静かなバスルームに響く。
「さ、明日も忙しいんだから、これ以上考えるのはやめましょう。」

バスルームを出ると、冷たい夜の空気が彼女を迎えた。自分の胸の奥で小さく芽生えた感情を、奈緒子はそっと押し込めながら髪をタオルで拭いた。