名もなき星が瞬く

瀬戸くんが手にしていた本音ノートを引ったくるようにして奪い取る。
そしてそのまま逃げるようにして、私は教室を後にした。

「うっ……ううっ……」

我慢していた涙がぼろぼろと溢れ出す。

馬鹿にされたと思った。
才能もないくせに、大それた夢を持っているんだって。

悔しい。
だけどそのとおりだった。
言い返せるようなことなんて何ひとつもない。

きっと瀬戸くんのような人には分からないだろう。
何も持たずに生まれてきてしまった人間の、どうしようもできない気持ちなんて。



「未央ー? そろそろ学校に行かないと遅刻するわよ」

「うん……」

たとえほとんど眠れなかったとしても、容赦なく朝は来てしまう。
そんな当たり前を恨みながら、私は寝不足の目をこすり、大きなため息を吐いた。

瀬戸くんは本音ノートのことを言いふらすつもりなんてないと言っていたけれど、あんなふうに一方的に怒って騒がれた腹いせに、クラスのみんなにバラしてしまうかもしれない。
そう考えると、どうしても学校へ向かう足取りが重くなってしまう。
そうして結局学校に着いたのは、登校時間のぎりぎりのことだった。

「おはよー未央。今日は遅かったね」

「あ……うん。ちょっと寝坊しちゃって」

「そっか」

意を決して教室へと入ると、すぐに友理ちゃんが声をかけてくれた。
けれど彼女の様子は普段と何も変わらない。
クラスの空気もいつもと同じで、どうやら誰も本音ノートの存在は知らないようだった。

「どうかした? なんか様子が変だけど」

「うっ、ううん! なんでもないよ! ほら、なんかあそこが人だかりになってるなーっと思って」

鋭い友理ちゃんに焦って、話題を逸そうと教室の前の方を指さす。
そこにはなぜか女子数人が固まっていて、大きな声で騒いでいた。
私は適当なことを言っただけだったけれど、よく見れば何やら本当に事件でも起こっていそうな雰囲気だ。

「ああ。凛がね、瞬矢に動画撮ってって言ってるんだよ」

「凛ちゃんが?」

凛ちゃんとは同じクラスの女の子で、SNSで上げているダンス動画が有名な、いわゆるインフルエンサーだ。
きっとそのダンス動画を瀬戸くんに撮ってもらいたいのだろう。
よく見てみると、たしかに凛ちゃんたちの輪の真ん中には困った顔をした瀬戸くんがいる。

「いいじゃん、ちょっとくらい撮ってくれたって」

「いつもスマホで撮ってんなら、別にそれでいいだろ」

「瞬矢ならもっと綺麗に撮ってくれると思ったの!」

「俺は俺が撮りたいものしか撮らない主義なんだよ」

「何それ! 私は撮りたくないってこと!?」

「凛がどうとかじゃなくてさぁ」

「いいよもう! 瞬矢のケチ!」

けれどどうやら、瀬戸くんは凛ちゃんの誘いを断ってしまったらしい。
「瞬矢ひどーい」と、凛ちゃんと仲のいい女子たちからも責められてしまっている。