名もなき星が瞬く

「黒川センセーって明るくて面白いけど、人使い荒いところあるよな」

「あはは。たしかに」

職員室に出向いて黒川先生に頼まれたのは、クラス全員に配る問題集を運ぶことだった。
問題集自体にそれほど厚みはないけれど、何冊も重なればそこそこの重さにはなる。
けれど瀬戸くんは何も言わずに多めに持ってくれたため、私は軽々と運ぶことができていた。
彼は確固たる才能があるだけでなく、こういうさりげない気遣いまでできてしまうらしい。

「瀬戸くんってすごいよね。映像のコンテストで何回も賞を獲ってて。将来すごい監督さんになりそう」

並んで歩きながら教室へと帰っている最中、私は瀬戸くんに向かって何気なくそう言った。
私と瀬戸くんは去年から同じクラスだけれど、明るくて目立つ彼と地味で目立たない私はあまり共通点がなく、そんなに話をしたことがない。
だから無言で気まずくなってしまうことを恐れて、私の方から無難な話題を振ったのだ。

「賞は単なる結果だよ。俺はただいい映像を撮って、それをたくさんの人に観てもらいたいだけ」

少しだけ照れくさそうな顔をしながら、瀬戸くんが爽やかに言ってのける。
彼がコンテストに応募する目的は、才能を認めてもらいたいわけではなく、一人でも多くの人に自分の作品を届けたいからだというわけだ。
同い年の中学生のはずなのに、もうすでに一人前のクリエイターのような信念がある瀬戸くんを、純粋にすごいと思う。
それと同時に、彼とは違って承認欲求が強すぎる自分のことが恥ずかしくなってしまった。

何も持っていない私は、瀬戸くんの言う“単なる結果”が欲しくてたまらない。
私がそんな人間だなんてことを、きっと彼は気づいていないのだろう。

「未央は?」

「えっ?」

「未央ってあんまし自分のこと話さねーけど、なんかいろんなこと考えてそうじゃん。未央のやりたいこととか好きなこととか聞いてみたい」

瀬戸くんに対して自分勝手な嫉妬をしていると、彼は無邪気な様子でそう言った。
まさか瀬戸くんが私のことに興味を持ってくれるとは思わず、つい言葉を失ってしまう。

やりたいこととか、好きなこと。
私にだって頭の中に思いつくことはある。
けれど何を言っても、きらきらとした瀬戸くんの前ではくすんだように聞こえてしまうような気がした。

「……胸を張って好きだと言えるものは、まだない、かな」

「そう? じゃあ見つかったら俺にも教えてよ。応援するから」

歯切れの悪い私の答えに、瀬戸くんがははっと軽やかに笑う。
まるで太陽のようなその眩しさは、私の暗さをさらに際立ててしまいそうで、私は慌てて瀬戸くんから目を逸らした。

ない、ない、何もない。
瀬戸くんが眩しく光る太陽なら、きっと私は宇宙の塵だ。
そんな自分のことが、私は本当に大嫌いだった。



「ただいまぁ」

「あら、未央。おかえりなさい」

「おっかえりー」

学校を終えて家に帰ると、リビングのソファーに掛けていたお母さんとお姉ちゃんに声をかけられた。
夕ご飯の支度はすでに終わっているのか、キッチンからはお味噌汁のいい匂いが漂ってくる。

私の家は4人家族だ。
会社員で単身赴任中のお父さんと専業主婦のお母さん、それから私よりひとつ年上で高校1年生のお姉ちゃんの4人家族。
ごく普通の家庭に見える我が家は、けれど少しだけ特別なところがある。
それは私のお姉ちゃんである、辻原莉央(りお)の存在だ。