名もなき星が瞬く

周りの男子たちがふざけながら、けれどどこか尊敬の眼差しで瀬戸くんを囃し立てる。
そんな会話を聞きながら、女子たちはくすくすと笑い声を上げた。

「アカデミー賞かぁ。でも瞬矢なら本当に獲れそう」

「なんか瞬矢って“持ってる人”って感じだもんね」

「分かるー。ねぇ、未央もそう思うでしょ?」

「うん。そうだね」

友達の問いかけに、当たり障りのない相槌を打つ。

才能と自信に満ちていて、人を惹きつけて、きっと運や実力だってある。
たしかに瀬戸くんのような人を“持ってる人”と呼ぶのだろう。
何も持たない私とは正反対だ。

いいなぁ、羨ましい。
瀬戸くんは私の欲しいものをたくさん持っている。
神様も瀬戸くんばかりではなくて、私にだって何かひとつくらい光るものを与えてくれたっていいのに。

「今は短編映画の構想を練ってるから、できたら観てくれよな」

「おー! 観る観る!」

「映画だって。楽しみだね!」

瀬戸くんの一言にクラス中が沸き立つ。
まるでこの宇宙の中心にいるような彼の姿を眺めて、私はどうしようもなく息苦しくなった。
胸を掻きむしりたくなるような衝動に駆られながら、そんな衝動を抑え込むため、机の中へと手を伸ばす。
そしてひっそりと取り出したのは、A5サイズの青いリングノートだった。

窓際の一番前にいる瀬戸くんから最も遠い席の私は、誰からの視線も集めることはない。
だから私が何をしていたって、誰も気づきはしないだろう。
取り出したばかりのリングノートのページをめくり、真っ白なページを開く。
そのページに、私は思いつくままシャーペンを走らせた。

【みんな才能があって羨ましい】
【いったい私には何があるの?】
【そもそも私はみんなと同じように、特別な何かを持っているの?】
【私だって輝きたいのに、何もないから自信も持てない】
【どうすればいい?】
【どうすれば私も、この宇宙の星のひとつになれる?】

胸の中に溢れ出す黒くてもやもやしたものをぶつけるように、リングノートに文字を書き殴っていく。
そうすると、このどうしようもない気持ちが少しだけ軽くなる気がするのだ。
誰にも知られたくない暗い本音をぶち撒けられるこの秘密のノートは、劣等感のかたまりである私がなんとか自分の心を保つためのお守りのようなものだった。

今日もノートに本音を吐き出して、どうにか暗い気持ちをやり過ごす。
そうしているうちにようやく瀬戸くんへの歓声は止み、黒川先生は次の連絡へと移っていった。

「ホームルームは以上。1限はこのまま俺の授業だけど、運ばなければならない教材があるから、数学の教科委員はこのあと職員室に来て手伝ってくれ」

「それではいったん解散」と黒川先生の声が響き、小さなため息を吐く。
先生の言う数学の教科委員とは私のことだ。
本当は図書委員になりたかったけれど、春の委員決めのじゃんけんで負けてしまい、授業についての連絡や先生の手伝いをするという、人気のない教科委員になってしまったのだ。

運ぶ教材というのは重いものなのだろうかと憂鬱に思っていると、私ははたと気づいた。
……そう言えば、もう一人の数学委員って瀬戸くんだったじゃん。

「未央ー。職員室行こーぜー」

「あっ、うん……!」

すでに教室を出ようとしていた瀬戸くんに声をかけられる。
彼の声はよく通るなと思いながら、私は本音ノートを机の中に隠し、瀬戸くんの背中を追った。