名もなき星が瞬く

たしかに誰にも知られたくなかったことを、瀬戸くんはすべて知っている。
今さら小説を読まれたところで、恥ずかしくもなんともないかもしれない。
瀬戸くんだって、まったくもって魅力がない私の小説を読んだら、さすがに諦めてくれるだろう。
そう思い、私は自分の小説を掲載しているウェブページのURLを瀬戸くんに送った。

「それ、このあいだのコンテストに落選した小説」

「へー。うわ、10万文字も書いたのかよ。原稿用紙何枚分だ?」

「1枚400文字だとしたら、250枚かな?」

「すっげーな。俺がその文字数を書こうとしたら一生かかりそう」

瀬戸くんは驚いているみたいだけれど、10万文字の小説というのはごく一般的な文字数だ。
これくらいの量を数ヶ月で書き上げる人なんか、私以外にもその辺にごろごろと存在している。
だからそんなに驚かれるほど特別なことでもなんでもない。
そんなふうにくさくさとしていると、いつも笑顔を絶やない瀬戸くんが真面目な顔で私の小説を読み始めた。

まさかクラスメイトに自分の小説を読まれる日が来るだなんて。
静かにスマホを見つめる瀬戸くんを、私は落ち着かない気持ちで眺めた。

「……違う」

瀬戸くんが私の小説を読み始めて10分くらいが経ったころ。
おそらく物語の序盤を読み終えたらしい瀬戸くんは、謎の言葉を吐いて顔を上げた。

「違うって何が?」

「この小説、未央のノートにある熱がない。同じ人間が書いてるはずなのに全然違うんだよ」

「そう言われても……」

瀬戸くんの言葉に戸惑う。
そんなことを言われたって、私にも分からない。
私はいつもどおりに小説を書いただけなのだから。
そもそも彼の言う熱って、いったいなんのことなのだろう。

「未央はこの話、どんな気持ちで書いたんだ?」

「どんなって。テーマが青春だったから、キラキラしてて爽やかで、みんなが憧れるような話になるように意識して書いてたよ?」

瀬戸くんの言葉に困り果てていると、彼はなぜか苦しそうに眉を歪めた。

「そうじゃなくてさ。未央はこの話、楽しんで書いてたか?」

「楽しんで……?」

そう聞かれて、私は思わず言葉に詰まってしまった。
この小説を書いているとき、私はとにかくコンテストに受かりたくて、テーマや文章の綺麗さばかりを意識していた。
だから自分が楽しむとか、そういう次元にはいなかったのだ。
そんなよこしまな考えを、きっと瀬戸くんは見透かしたのだろう。

「つくってるもんは違うけど、俺もクリエイターの端くれだから分かる。まず自分が楽しいと思ってつくらなきゃ、見てくれる人もきっと楽しめない。見せかけの、上辺だけ飾った綺麗なもんに、誰も心なんて動かされないんだよ」

――見せかけの、上辺だけ飾った綺麗なもん

瀬戸くんの言葉にサクッと胸を刺される。

たしかに彼の言うとおりだ。
私はコンテストに受かりたいとか、自分の才能を確かめたいとか、そんなことばかりを考えていたのだ。
そういう雰囲気は、きっと読んでいる人にも伝わってしまう。
そんなことではたくさんの人を楽しませる小説なんか書けっこない。

私、いつのまに小説を書き始めたときの純粋な気持ちを忘れていたのだろう。
それどころか、才能を証明する手段にしようとしていただなんて。
本当に、なんて最低なことをしたのか。