河原田にも高校が在る。 そこも今日はオリエンテーションだったのかな。
でっかいカバンをぶら下げた高校生がドドドっと乗ってきた。 普段はこっちのほうまで来ないから知らなかったな。
 相変わらず窓越しの席で日当たりも良くて寝そうだぜ。 うとうとしていたら窓で頭を打っちまった。
車窓には田園風景が広がっている。 この辺りはまだまだ田舎なんだなあ。
 電車は高架橋を渡っている。 下にも線路が延びている。
それを過ぎると今度は川を渡っていく。 こんな景色も見れたのか。

 やっとのことで戻ってきた俺はいつもの道を歩いている。 街中はやっぱりいいなあ。
でも駅前なのに閉まっている店がけっこう有るんだなあ。 そしていつものようにパンダ焼を買う。
 そしていつものように墓地の前を通る。 階段の脇に目をやると花が手向けられているのが見えた。
(何か有ったんだっけ?) 考えてもすぐには思い出せないんだ。
 ブラブラと歩きながら家にまで帰ってきた。 「おー、弘明 今帰ったのか?」
母さんの友達の吉原さんだ。 「いや、寝過ごしちゃって河原田まで行っちゃったんですよ。」
「あらあら、河原田までかい? それはまた長旅だったねえ。」 「おばさんは何か用?」
 「そうそう。 今度さあ公民館で花祭りをやるんだよ。 その打ち合わせに来たの。」
 俺たちが賑やかに話しながらドアを開けると奥から母さんが飛び出してきた。 「お帰りーーーーー。 疲れたろう?」
「寝てたからそうでもなかったよ。」 そう言いながらパンダ焼を差し出す。
 「おー、また買ってきたのか。 美味しいよね これ。」 そう言ってパンダ焼を受け取った母さんは吉原さんと居間へ入っていった。
 俺はというと二階の部屋に入るなりベッドに体を投げ出して天井を仰いでいる。
そして思いっきり背伸びをしたまではいいけれど、そのままで寝てしまった。
 「おーーーい弘明! ご飯だぞーーーー!」 母さんの大きな声が聞こえた。
「何だよ そんな大きな声を出さなくたって、、、。」 「何回呼んでも起きないんだもん。 しょうがないだろう。」
 眠そうな顔で食堂へ入る。 父さんも帰ってきてた。
夕食を食べながら考えているのは美和先生のこと。 夢にまで出てきちゃってどうしたんだろう?
 父さんはテレビを見ながら何かボソボソ言っている。 母さんは吸い物を飲みながら笑っている。
姉ちゃんは旅行からまだまだ帰ってこない。 俺はハンバーグを食べながら考え事をしている。
 「お風呂沸かしといたからいつでも入ってね。」 「はーーーい。」
「お前 返事だけだもんなあ いっつも。」 「そんなこと無いよ。」
 「そうか? いつだったかな、夜中になって入ってたのは?」 「そん時はそん時だよ。」
なんとか父さんの視線を逸らしてハンバーグを食べている。 「そうそう、美和ちゃんさあ 弘明の学校の先生になったんだよ。」
「美和ちゃんがか?」 「そうそう。 数学の先生なんだって。」
 母さんが余計な話をするもんだから逸らしていたはずの父さんの視線が戻ってきた。
「弘明のなあ、、、、。」 父さんは意味深にそう言うとまたテレビに目をやった。

 さあさあ翌日は水曜日。 今日は身体測定とかミーティングとかの日ですよーーーー。 駅に降りると香澄が何かを探している。
「どうした?」 「いやいやミーティングで使う資料を、、、。」
「え? まさか忘れたの?」 「かもしれない。」
 「あわてんぼうだなあ。 香澄らしい屋。」 「そんなに笑わないでよ。 部長としては大変なんだから。」
「部長ねえ。 そういえばさあ、昨日机の上に何か置いて行かなかったか?」 「机の上?」
 「そうだよ。 お前さあたまに机の上に何でも放り出していくだろう?」 「そうだったっけなあ、、、。」
 香澄は半信半疑な顔で改札を抜けた。 律子もバタバタと走ってきた。
「おはよう! お二人さーん!」 「何だよ 俺たちはカップルでも何でもないぞ。」
「すごーくお似合いですわよーーーー。」 「きもい。」
 「えーーーーー? 祝福してやってるのに?」 「要らないってば。」
駅から歩いてくるとバス組が合流してくる。 「おはよう!」
 飛び切り元気のいいのは安武直人。 野球部でサードを守っているというお坊ちゃんだ。
(今年こそは卓球部を作りたいなあ。」 眼鏡のお嬢 栗竹眞百合は空を仰いではそう溜息を吐く。
 卓球お嬢とも呼ばれている眞百合はカメラおたくとしても有名なのだ。
「写真部のほうがいいんじゃない?」 そう助言?してくれる人も居るんだけど卓球に拘っている様子。
 昔は卓球部も活動してたんだ。 そう20年くらい前かな。
でもいつの間にか廃部になってしまった。
 コンビニの角を曲がると寮組も合流してくる。 なんかみんな目玉がぎょろぎょろしている。
お嬢とお坊ちゃんの集団だからかな? こいつらは話に入る気も無くただただ前を向いている。
 お行儀がよろしいのはいいんだけど学生時代からこれじゃなあ。 先が思いやられるぜ。
校門の傍にまで来ると新入生たちもドヤドヤッと駆け込んでくる。 この学校はどっかの高校みたいに門を閉めないから大丈夫。
 あの事件の後、改めて門は閉めないことを確認したそうな、、、。 でも中には強硬派の先生も居て、、、。
当時の生徒会長と散々にやり合ったんだって。 そしていつの間にか辞職していた。
 「今日も何とか滑り込みだな。」 廊下をバタバタと走りながらみんなで勢い良く教室へ飛び込む。
「有った!」 さっきまで泣きそうな顔をしていた香澄が資料を見付けて力が抜けたように座り込んだ。
 「言わんこっちゃねえな。 ほんとにあわてんぼうだ。」 「しょうがないでしょう? 部長ってね、、、。」
「分かった分かった。 お前の言いたいことは分かった。」 「何にも分かってないくせに偉そうに言わないでよ。」
 「まあまあお二人さん 何喧嘩してんの?」 「お前には関係無いよ。」
「ひでえなあ。 せっかく仲裁しようと思ったのに。」 「お前が来たらもめるだけだから。」
 「うわ、言われてやんの。」 「お前も黙ってろ。」
それにしても朝から賑やかなクラスだなあ。 その中で寮組は教科書を開いてる。
何なんだ こいつらは?
 「いいか。 今日は身体測定とクラブのミーティングだ。 各々やることは分かってるよな?」 担任が聞いてくる。
もちろんのこと、俺は身体測定以外はやることもやられることも無いからそっぽを向いている。 香澄たちはあれこれと考えを巡らしているらしい。
 やがて保健室の前には黒山の人盛りが出来た。 ここと隣の控室が身体測定の現場になるらしい。
「男は控室に行け。 そっちでやるから。」 松山先生が俺たちを睨みながら指導を、、、。
 「保健室は?」 「保健室には女子生徒が行く。 お前はこっちだよ。」
ごった返している廊下の向こうの方に誰かが立っているのが見えた。 それが誰かを認識する前に俺は控室に吸い込まれてしまった。
 それが終わるとクラブのミーティングだ。 暇を持て余している俺は職員室の前でウロウロしていた。
「あら? 弘明君じゃない。」 そこへ職員室から出てきたのは美和だった。
 「先生、、、。」 「どうしたの? 固まっちゃって。」
「いえ、その、、、。」 普段は緊張することの無い俺が舞い上がっている。
美和先生はちょっとだけ困った顔をしてからさっさと歩いて行ってしまった。 (何だよ この大事な所で、、、。)
 そこに律子や香澄たちが居なかったことが何よりも幸いだと俺は思った。