今日は入学式だ。 いよいよ俺たちも最高学年になったわけだなあ。
いつも通りに校門を潜って教室へ急ぐ。 「おはよう!」
 香澄と律子とゆかりが声を揃えて追い掛けてきた。 「何だよ お前ら?」
「あーーら、我がクラスの美女軍団に向かってお前らは無いでしょう? せっかく追っ掛けてやってるのに、、、。」 「追っ掛けてやってるんなら要らないわ。 うざい。」
「嫌だあ。 今度はうざいって。」 「どいつもこいつもうざいんだよ。 さっさと行ってくれ。」
 「ゆかり、あんなのほっといて行っちゃおう。」 「そうねそうね。」
まったく朝から元気のいいお嬢様たちだ。 野郎どもがドン引きしても気付かないんだからなあ。
 「弘明、どうした?」 「どうしたって何が?」
「ゆかりたちが何か騒いでたけど、、、。」 「知らねえよ。 勝手に追っ掛けて俺が無視したら怒ってるだけだから。」
「お前も人が悪いなあ。 たまには受け取ってやれよ。」 「要らねえよ。 面倒くさい。」
 「そうだったなあ。 お前は昔から絡まれたり付き纏われたりするの嫌いだったもんなあ。」
山本幸次郎と話していると担任の久保山先生が歩いてきた。 「ほらほら、ホームルーム始めるぞ。」
 久保山先生に急かされながら俺たちも教室に入る。 「いいか。 今日は新入生が入ってくる。 上級生らしくするんだぞ。」
「らしくってこういうこと?」 亀山直樹が敬礼してみせる。
「アホか お前は。」 「まあまあ、亀ちゃんには亀ちゃんの考えが有るんだから、、、。」
 睨み付ける横沢健治を田代佳苗が窘める。 「まあ、いろいろ有るけどもそれはお前らが自分でしっかり考えるんだな。」
8時50分、チャイムが鳴って俺たちは講堂へ入っていった。 その壁際に美和が微笑しながら座っているのを見付けた俺はまたまた心臓が暴れ始めるのを感じた。
 (今からこんなにドキドキしちゃってどうしたんだよ? これじゃあ今にも暴れ出しそうだぜ。) そのドキドキを誰にも気付かれまいと俺は必死である。
やがて入学式が始まり新任教師が再び紹介された。 その時、俺は美和と目を合わせてしまった。
 式が終わっても動けないでいる俺を見て律子がクスクスと笑っている。 「え? どうしたんだよ?」
「どうしたって? 式終わったんだよ。」 「終わった?」
「そうそう。 何ボーっとしてるの? 行くよ。」

 みんなは入り口に集まっていた。 「ごめんごめん。」
「お前さあ、あの先生に見惚れてただろう?」 「あの先生?」
「数学の、、、。」 「違う違う。 夢を見てたんだよ。」
 言い訳はするけれど何だか話が合わない。 終いには言い訳すら面倒になって俺は黙り込んだ。
教室に戻ってくると担任が待っていて、、、。 「いいか。 教科担任を発表するから忘れずに聞いておけ。」
 それは以下の通り。

 国語 久保山洋一。
 英語1 キャサリン デービス。
 英語2 野見山茂子。
 世界史 玉沢康郎。
 科学 道谷明子。
 数学 高橋美和。
 体育 森山和明 藤代陽平 小森直子。
 音楽 有村幸子。
 ホームルーム 久保山洋一。

 今年も難儀しそうなクラスである。 でも今年は3年。
ぼやぼやしてられないなあ。 誰もがそう思っているはず。
 ホームルームが終わると絹子たちがまとまってお喋りを始めた。 「うざいなあ、、、、。」
「だからさあ、あの先生に夢中なのよ。」 「そうかもねえ。 今日も見惚れてたもんねえ。」
 絹子たちの話題の的はどうやら俺らしい。 まったくしゃあないやつらだな。
別に噂にするのはいいけどさあ、今から大騒動を巻き起こすなよ。」 「ねえねえ弘明君 高橋先生はどうなの?」
早速聞いてきやがった。 「別に何とも思わねえよ。」
「冷たいんだなあ。 あんな可愛い先生をほっといていいの?」 「ほっとくも何も、、、まだ話してもないんだぜ。」
「ピーンと来たらやっちゃわないと損するわよ。」 「松田聖子じゃないんだからほっといてくれよ。」
 「ねえねえ絹子、ほっとこうよ。 どうでもいいじゃない。」 都合のいい連中だなあ、さんざんに噂を撒き散らしておいて。

 廊下では新入生たちの声が聞こえる。 俺たちも入学式の頃はああだったなあ。
いつの間にか高校の主みたいな顔をして歩き回るようになったけど、、、。 教室の窓から顔を出してみる。
1年の担任は有村先生らしい。 ポニーテールが見えるからそうだね。
 あの先生さあ、夏にはスペインかどっかに旅行で行くんだよなあ。 二学期の授業はその話から始まるんだ いっつも。
結婚してないって言ってたよな。 でもまあ毎年旅行するんだからそっちのほうが楽しいだろう。
 2年の担任は? あらら、谷山先生か。
こいつはあんまり面白くないんだよなあ。 真面目過ぎっていうのかギャグが分からないっていうのか、、、。
 「吉田さん 野球部に入りませんか?」 「運動系は苦手だから入らねえよ。」
「そんなこと言わずに来てくださいよ。」 「いっつも覗きに行ってるよ。」
「覗いちゃやーよ。」 「お前なあ、、、。」
 今年からキャプテンになったという平岩雄介だ。 こいつは一応小学校からの顔だけは知ってるやつ。
なんかさあ、この時期になるとあっちこっちから誘いが来るんだよなあ。 いつもは来ないのに。
 教室の中を覗いたら律子が初音と喋ってる。 後の連中は?
いやいや、静かだなと思ったらゲームをやってるよ。 まったく、、、。
 こいつらゲームとお喋りしか楽しみが無いのかね? 憐れな連中だなあ。
「弘明君よりはいいわよ。」 「何処を見て行ってるんだ?」
「見なくても分かるわよ。」 「へえ、お前にそんな能力が有ったのか?」
「そんなの見なくても分かるわよ。 ねえ。」 香澄が律子に同意を求めている。
(こいつらやっぱり仲いいんだな。) 教室の中を歩き回ってみる。
 「お、熊が居る。」 「誰が熊だよ?」
「お、ま、え。」 「あっそう。」
「冷たいなあ。 もっと反応しろよ。」 「どう反応するんだよ? ドっヒャーーーーーッとでも言えばいいのか?」
「面白ーーーーーい。」 「ほら、ファンが喜んでるぞ。」
「誰がだよ? あんなのファンでも何でもねえよ。」 「ひどーーーーい。 こんなに好きなのにーーーーーー。」
「始まった。 タイガースの歌でも歌ってろ。」 「はーーーい。」
 「ったくもう、、、。」 香澄は律子とのお喋りをやめて俺に付いてきた。
「おいおい、俺に付いてきたって何にもねえぞ。」 「いいの。 無いのは分かってるから。」
「すごーい。 内助の功だね。」 「持ち上げるんじゃねえよ。」