やがて昼のチャイムが鳴った。 「もう昼か。」
「お腹空いたわよね?」 「うん。 今日は朝飯もあんまり食べなかったから。」
「あらあら大変。 言ってくれたら早めに作ったのに。」 「あんまり気を使わせたくなくてさ、、、。」
「優しいのね。 弘明君って。 好きになりそうだわ。」 「、、、、。」
 (好きになりそう、、、、、か。) 俺は何となく美和に惚れていることに今頃気付いたみたい。
台所に立つ美和の後姿を見詰めてみる。 長い髪が揺れている。
 「今日は野菜炒めとラーメンにしようかな。」 ブツブツ言いながら野菜や肉を切って楽しそうに炒めている。
しばらくすると美味そうな匂いが広がってきた。 「美味しそうだね。」
「そう? たぶん美味しいわよ。」 美和はチラッと俺を見てからまた鍋に目をやった。
 30分もするとテーブルに美味そうな料理が並んだ。 「いっただっきまーーーーす。」
「どうぞ。 ご主人様。」 「やめてよ ご主人様なんて。」
「いいじゃない。 たまの休みくらい言わせてよ。」 「早過ぎるってば。」
「そうでもないと思うけどなあ。」 「クラスの連中が何て言ってるか知ってる?」
「え? 何か言ってるの?」 「美和ちゃんに嫌われてるなあ お前って囃してるんだから。」
「そんなこと言ってるの?」 「最近は特に授業中はあんまり話さないからさあ、、、。」
「そっか。 もっと声を掛けようか?」 「そうしたらそうしたで今度は「お前 美和ちゃんに惚れられてるなあ。」って言ってくるんだよなあ。」
「どっちもどっちじゃない。 どうしたらいいのよ?」 「まあ付かず離れずってとこかなあ。」
「難しいなあ。 立場上 仲良くし過ぎても大変だし、ほったらかしても大変だし、、、。」 「それが高校生なんだよ。」
「偉そうに言わないの。」 「ごめんごめん。」
 ラーメンを啜りながら俺は美和のブローチに目をやった。 「可愛いじゃん。」
「うわ、気付いた。」 「そりゃあ気付くよ。 ミッキーなんだもん。」
「去年、ディズニーランドに行ったのよ。 その時に買ってきたの。」 「へえ、そうなんだ。」
「買うまで大変だったなあ。 ものすごい客で混んでて、、、。」 「ディズニーシーには行かなかったの?」
「お金も無いし時間も無いしで諦めたわ。」 「そっか。 残念だなあ。」
「いつか二人で行こうか。」 「それはいいなあ。」
「じゃあさあ数学ももっと頑張ろうね。 弘明君。」 「分かった分かった。」
 いきなり変化球で突っ込んでくるんだからなあ。 冷や汗物だぜ まったく。
とはいえ、こうして高校の先生の家にお邪魔している高校生なんです。 ニュースにだけはならないように願いたい。
どっかの先生みたいによろしくやってて後で騒がれたんじゃ恋愛も何も無いからさ。 ねえ、美和。
 「でもさあ、何でうちの孝行を選んだの?」 「さあねえ。 偶然の閃きかな。」
「閃き?」 「うん。 何かさあ、ここからも通いやすいしいいかなって。」
 「閃きねえ。」 「ダメだった?」
「いやいや意外過ぎて驚いたよ。」 「何で?」
「ふつうならさあカリキュラムがどうとか働きやすそうとか有るじゃん。」 「学校は何処も同じだからなあ。」
「そうなの?」 「だって同じ教科書で同じ内容を教えるんだよ。 しかも時間数も同じ。」
「それじゃあ選びようが無いなあ。」 「なのよ。 だから面白くなくて。」
「うちだって変なのばかりだもんなあ。」 「そうねえ。 卒業しておいて言うのは変だけど。」
 美和は新しいお湯をポットに入れるとテーブルに戻ってきた。 そして椅子を俺に近付けてきた。
「何々?」 「もうちょっと傍に居たいなあ。」
「何で?」 「こうして家まで来てくれたのは弘明君だけだから。」
そう言って美和は俺の肩にもたれてきた。 「やべえよ。」
「大丈夫。 こんな所まで覗き見する人は居ないから。」 「とは言うけど、、、。」
「次の日曜日も空いてたら来てよ。」 「そう? いいの?」
「いいわよ。 ここには誰も来ないから。」 そう言ってどっか寂しそうな眼で俺を見るんだ。
 俺がその眼を見詰めていると美和が不意にキスをしてきた。 「やっちゃった。」
「美和、、、。」 「初めてね。 美和って呼んでくれたのは。」
「でもいいの?」 「いいわよ。 私の気持ちだから。」
 とは言うけどいきなりのキスに俺は舞い上がってしまったんだ。 香澄にされるより百万倍嬉しかったかも。
帰り際、俺たちはまた正面玄関まで出てきた。 「待っててね。 車を出してくるから。」
 古いジャズを聞きながら他愛も無い話をしてコーヒーを飲み、そしてキスをした。 美和がいきなり身近な女になった瞬間だった。
(にやけてる場合じゃないな。 香澄に見抜かれたら大騒ぎになるぞ。) その通りかもしれない。
香澄だってまだこのマンションには来たことが無いんだ。 美和が呼んだのはあくまで俺だけなんだから。
 そんなマンションで美和とキスをした。 化粧なんてしない人なんだな。
ぼんやりしているとクラクションが聞こえて美和が窓から顔を出した。 「乗っていいわよ。」
 フェアレディーに乗ってる彼女、、、か。 絵になりそうじゃん。
俺がイケメンだったらもっと良かったのになあ。 「行くわよ。」
 そう言って美和がアクセルを踏み込む。 夕日に向かってさあ走れ!