俺の彼女は高校教師

 月曜日になりましていつものように電車に乗ります。 外の景色を見ながらぼんやりしていると、、、。
「おっはよう!」 いきなり香澄が声を掛けてきた。
「びっくりするなあ もう。」 「あらあら、怪獣が牛になった。」
「何だよ?」 「昨日はウギャオーとか吠えてたのに、今日はモーだって。」 「あのなあ、くだんねえことに付き合ってる暇は無いの。」
「やっぱり私より高橋先生のほうがいいのね? 優しくしてもらったんでしょう?」 「何だよ?」
吊革に掴まったまま香澄がいきなり泣き出したもんだからさあ大変。 「泣くなよ こんな所で。」
「こんなもくそも無いんだもん。 こんなに好きなのに分かってくれない弘明君が悪いの。」 「まあまあ座れよ 空いてるから。」
 宥めながら香澄を隣に座らせる。 でも泣き止む気配は無い。
(まいったなあ。) そう思いながら肩を抱いてみる。
無口になった香澄は横を向いたまま涙を拭っている。 (まずいなあ こりゃ騒がれるぞ。)
 そのままの状態で駅を出る。 後から追い掛けてきた律子が予想通りに噛み付いてきた。
「弘明君 何泣かせてんのよ?」 「いや、だから、それは、、、。」
「香澄があれだけ好きだって言ってたのに分かんなかったのね? 最低だわ。」 「だからってそれは、、、。」
「だからもくそも無いの。 今後、一切香澄に関わらないで。」 「それは、、、。」
 何となく険悪な雰囲気のままで教室に入る。 (やっちまったな。)
今日は一日重たーーーーい雰囲気で過ごさなきゃいけないのか? 掃除も保健室だしなあ。
 1時間目は数学だ。 美和がニコニコしながら入ってきた。
ところがどっこい、その話し声が全く耳に入ってこない。 やられちまってる。
(どうすりゃいいんだよ?) 遊びに行ったあの日のことと今日の香澄が重なって頭の中はパンク寸前。
いつの間にか授業は終わっていて美和も居なくなっていた。 後ろのほうでは香澄とさやかが話しているのが聞こえる。
(穴が有ったら入りたいな。 こんなこと初めてだよ。) 「よう、弘明君 次は社会ですぞ。」
「いっけねえ。 忘れる所だった。」 慌ててる俺を見て律子が不満そうな顔をした。
 それでもって午前中の授業が終わると弁当を掻き込んで図書館へ逃げる。 (少しはのんびりできるかな?)
と後からさやかと香澄が入ってきた。 (よりによって何で来るんだよ?)
本を読みながら二人の動きを見ているんだけどこっちに来る気配が無い。 安心していると、、、。
入れ替わりに美和が入ってきた。 「あら、今日も来てたの?」
「そうなんだ。 なんかつまらなくてさ。」 「さっきもボーっとしてたみたいだけど何か有ったの?」
隣の席に座った美和が俺のほうを向いて聞いてきた。 そこで香澄のことを話したんだ。
「それはまずいなあ。 小学生の頃から一緒だったんでしょう? たぶんね、弘明君以上にハッとする人が現れたら代わるだろうけど現れないと困るんだなあ。」 「いきなり泣かれちゃってさあ、どうしたらいいのか分からなくて。」
「困ったなあ。 今は一番微妙な時だからねえ。」 以来、美和は黙り込んでしまった。
 そして二人は黙って本を読んでいるのであります。 そこへ律子が入ってきた。
けど目当ての本を見付けたのか、さっさと行ってしまった。 (何だい、あいつは?)
とは思うけど今日は一日喋れそうにない。 香澄が泣いてるのを見ちまってからどうも変なんだ。
「だからって今更「香澄が好きだよ。」なんて言えないしなあ。 どうすりゃいいんだよ?
 昼休みは終わった。 教室に戻ってみると香澄が居ない。
後ろのほうで律子とさやかが話している。 「香澄ちゃん 相当にショックだったみたいね。」
「しょうがないよ。 相手が弘明君じゃ、、、。」 「自殺なんかしなきゃいいけどなあ。」
「分かんないわよ。 香澄って意外と神経細いから。」 そう言って二人揃って俺を見詰めるのでありました。
 そんなことを言われても困るよなあ。 人それぞれに好き嫌いってもんが有るんだし、、、。 俺だって好きだったらはっきり言うけどさあ。
ここまで一緒に居てずーーーーーーーーーーーーーっと隣に居たんだ。 好きも嫌いも無いよ。
 結局、香澄は昼休みを終えてから早退したらしいことが分かった。 思春期だからしょうがねえよ。
放課後、いつものように昇降口まで来てみる。 そこにも香澄の姿は無い。
律子たちもよそよそしい顔でさっさと歩いて行ってしまった。 複雑だなあ。
 校門を出てバス通りを歩く。 コンビニに寄ってアイス最中を二つ買う。
電車に乗っていつもとは違う駅で途中下車。 そのまま魚屋へ、、、。
 店に入るとお母さんが床の掃除をしていた。 「香澄は?」
「ああ、まだ帰ってないのよ。 どっかに寄ってるみたいね。」 「そうですか。 じゃあ、これを。」
「何か伝えなくていい?」 「いや、特に用は無いから。」
俺はお母さんに最中を渡してささくさと店を出た。 入れ違いにいつも見掛けるおばちゃんが店に入っていった。
 その頃、香澄は吉原北町をブラブラと歩き回っていた。 コンビニでレスカを買って飲みながら、、、。
「本当に弘明君は好きじゃないのかなあ? それとも友達でいろってことなのかなあ?」 どう転んでも答えが出るはずも無い。
 小学生から12年も一緒に居たんだ。 違う高校に行けばよかった。 そうも思った。
だけど弘明君が居るから今の高校を選んだんだし、それに間違いは無い。 そう信じたいんだ。
思春期、春を思うとはよく言ったもの。 好きだ嫌いだ、それがはっきりと見えていたらどんなに楽だろう?
そうも思いながら香澄は歩き続けている。 そして我が家に帰ってきた。
 「あらあら、香澄 今帰ったの?」 「うん。」
「元気無いなあ。」 「ちょっとね。」
そこでお母さんは最中を差し出した。 「何?」
「弘明君からよ。」 「何で?」
「さあねえ。 でもなんか悩んでるみたいだったわよ。」 「悩んでる?」
「うん。 話は聞いてないんだけどね。 「これを香澄に、、、。」とだけ言って帰っちゃったのよ。」 「そうなんだ。」
 香澄はふと考えた。 (今朝、思い切り泣いちゃったから悩んでるのかな?)
部屋に戻って最中を食べながらスマホを開く。 メールが来てる。
1通は律子。 もう1通は、、、?

 『明日も会おうな。』

それだけの短いメール。 「弘明君、、、。」
なぜか胸を突かれた気がした。
 俺はというと最中を渡して家に帰ったまではいいけれどどうも気になってしょうがない。 美和と会えば勝手にドキドキしてるし会った香澄は泣いちまった。
(俺はどうすればいいんだよ? 香澄が好きだったのは前から知ってるんだぜ。 でも今は美和ばかり見てる。 おかげで香澄を泣かせちゃったわけだし、このままじゃあ学校にだって行けないぞ。)
なんだか自分が殺人犯にでもなったような気分だ。 中途半端なままで香澄に好きだとは言えないし、だからって美和を突き放すのも無理。
二股だって思われるのも癪に障るしだからって香澄を放り出すわけにもいかない。 床に転がって七転八倒するのであります。
 「おーーーい、飯だぞーーーーーー。」 父さんの思い切りでかい声が聞こえてきた。
「やんべえ。 行かねえと噴火するな。」 落ち着かない顔で食堂に入る。
姉ちゃんも久しぶりに家出夜飯を食うらしい。 家族みんながやっと揃った。