俺の彼女は高校教師

 悟られないように新聞を開いてみる。 隅っこのほうに迷惑系ユーチューバーの記事が載っていた。
(こいつ、駅で騒いでたやつやん。) 記事を読んでいると美和の声が聞こえた。
 「弘明君 夕食出来たよ。」 「あ、はい。」
「何緊張してるの?」 「いえ、別に、その、、、。」
「まあまあ、美和ちゃん 弘明はほっといて食べましょうよ。」 「そうですね。 でも、、、。」
「弘明なら大丈夫。 美和ちゃんにほの字なだけだから。」 「ほの字?」
「ねえ、弘明。」 母ちゃんがそこまで突っ込んでくる。
イエスとも言えないしノートも言えない。 どうすりゃいいんだ?

 それにしてもさあ、最近は迷惑系ユーチューバーが多過ぎないか? 撮り鉄もそんなのが居たよなあ?
田んぼに水を入れちゃったり木を切ったり、歩いている人たちに暴言を吐きまくったり、、、。
挙句の果てには線路に入って間近で撮影したり、駅舎に登って上から撮影したり、、、。
 道路で爆音を鳴らしながら踊ったり、牛丼屋の前で不味いの何のって文句を言ったり、、、。 俺なんかはそんなのには興味も無いから見ないけどどうかしてるよな。
もうちっとまともなことを考えられないのか? あれじゃあゴキブリよりひどいぜ。
そんな人間は一生涯日の当たる所に出てこなくていい。 見るのも嫌だ。
嫌がってる顔を見て興奮するなんてどうかしてるよ。 いきなり爆音を鳴らされたら誰だってひっくり返るわ。
 でもさあ、そういうのを見て喜んでるやつが居るんだろう? 恥晒もいいところだよな。
 「何考えてるの?」 「いえ、別に、、、。」
美和は不思議そうな顔で俺に聞いてくる。 その顔がまた、、、。
 夕食を済ませた後、一人で風呂に入っても何となく美和のことを考えてしまう。 やられちまったかな?
「あぶ、、、。」 ぼんやりしていたら溺れて死ぬところだったぜ。
危ない危ない。
 まったくもってどうなってるんだ? 最近の俺は。
香澄には突っ込まれっぱなしだし律子には無視されたり笑われたり、、、。 どっかに逃げたいよーーーー。
 てなわけで冴えない頭で朝を迎えたのでした。 いやいや、、、。
今日は何も無し。 昨日までにほぼほぼの用事は済んだから、、、。
 と思って電車に乗っていつものように駅へ、、、。 「おはよう!」
いつものようにお嬢様たちの元気の良過ぎる声が耳に飛び込んできた。 「何 ボーっとしてんの?」
「何でもねえよ。」 「分かった。 香澄といいことしたんでしょう?」
「いいこと?」 「だってさあ、香澄ちゃん 前から弘明君のこと好きだったんだもんねえ。」
「そうらしいね。」 「冷たいなあ。 昨日告ったって聞いたんだけど、、、。」
「なんか言ってたなあ。」 「冷たいなあ。 あんな可愛い彼女をほったらかしにして。」
 いつものようにコンビニの角から寮組も合流してくる。 賑やかになってきた。
「おはようございまーす。」 校門を入ると1年生も元気に声を掛けてきた。 「おー、おはよう。」
「何だ 冷たいな。」 「あんな人も居るんだって。」
 ヒソヒソと話しているのを無視して俺も教室へ、、、。
教室は教室でいつもの連中が大騒ぎをしている。 そこへ久保山先生が入ってきた。
「おいおい、ちっとは落ち着かねえか? 毎日毎日、、、。」 「ぼくらは鉄板の上で、、、。」
「下手だなあ。 歌うんならちゃんと歌えよ。 米山。」 「ほら見ろ。」
 「今日からいよいよ新学期の授業が始まる。 気持ちを入れ直して勉強するように。」 「はーい。」
「それでだ。 夏休みまでに進学か就職か予め決めておいてもらいたいんだ。」 「何で?」
「二学期から就職組は集中的に相談会をやる。 三学期には落ち着いて卒業できるようにな。」 「そっか。 もうそんな時期か。」
「そうなんだぞ。 寝坊してたら置いて行かれるぞ。 福原。」 「イェーーー。」
「お前が一番危ないんだよ。 分かってねえな。」 香澄たちは久保山先生の話を聞きながらクスクス笑っている。
 「お嬢様型も考えといてくれよ。 後で泣かれたって困るんだからな。」 久保山先生は出ていった。
さてさて授業も始まる。 緊張するなあ。

 「1時間目はっと、、、。 えーーーー? 数学かよ。」 「弘明君、何驚いてるの?」
「数学だから驚いてるんだよ。」 「そっか。 高橋先生だもんなあ。」
「そうかそうか。 こいつ高橋先生にぞっこんだもんなあ。」 「えーー? そうなの?」
「律子、知らなかったのか?」 「ずっと見てるなとは思ったけどぞっこんだったのね?」
 何か知らねえけどこいつらが盛り上がってる。 嫌な連中だなあ。
そこへ美和先生が入ってきた。 「よろしくお願いします。」
 早速、みんな揃ってどっか緊張してる授業が始まった。 寮組の連中は目玉をキラキラさせながら教科書に目を落としている。
二次関数とか方程式とかって言うけど、こう記号ばかり並べられては珍紛漢紛だ。 さすがは数の学問だぞ。
 「xとyの並び方に注目してくださいね。」 美和はにこやかに笑いながらみんなのノートを覗き込む。
(とか何とか言うけどさあ、こんなのさっぱり分かんねえよなあ。) 就職組の男子は揃って鉛筆で遊んでいる。
 俺はというと美和の後姿が気になって勉強どころじゃないんだ。 どうすりゃいいんだよ?
だってさあ、見たこと無い暗いにお尻がでかいんだもん。 思わずシャーペンで刺したくなるよね。
 それに気付いたのか香澄がシャーペンで刺してきた。 「いてえ!」
その大声にみんなが振り向いた。 「す、す、すまねえ。」
「弘明君 遊んでるんじゃないわよ。」 「ごめんごめん。」
唇を尖らせて律子も迷惑そうな顔をしている。 香澄はというと、こいつはこいつで「してやったり。」っていう顔をしている。
 (美和は?) そう思ったが美和は進学組の質問攻めに遭っていた。
結局、終わるまで美和が俺のほうを向くことは無かった。 「弘明、残念だったなあ。」
「何がだよ?」 「高橋先生に見てもらえなくて。」
「いいよ。 別に気にはしてないから。」 「嘘吐け。 ほんとは寂しいんだろう?」
「そんなことねえってばよ。」 「やっぱりこいつ、、、。」
「やめときなさいよ。 可哀そうでしょう?」 「お、香澄様。」
「嫌だなあ。 何が香澄様よ?」 「弘明を喜ばせるのはあなたしか居ませんから。」
「ちっとも喜んでくれないけどなあ。」 「それはあなたが物足りないからですわ。」
「そうなの?」 「体でアプローチされたらどうですか?」
「体でか、、、。」 「10年早いわよ。」
「1本。」 「ったくもう、、、。」
 「さあさあ、次は音楽だぜ。 吠えないうちに行くぞ。」 「そうだそうだ。 あの人はすぐに吠えるからなあ。」
「お前よりはいいけど、、、。」 「何だよ?」
こいつらはやっぱり賑やかじゃないと気が済まないのかなあ?
 音楽室に入ってみる。 有村先生は準備室でコーヒーを飲んでる。 いいご身分だなあ。
「ねえねえ、何見てるの?」 いきなり香澄が聞いてきた。
「いやいや別に、、、。」 「もしかして有村先生を見てたの?」
「そうじゃねえよ。」 「そうじゃなかったら何を見てたの?」
「何でもねえよ。」 「うわー、逃げた。 待てーーー!」
 「おい、あの二人は何をやってんだ?」 「さあねえ、香澄たち仲いいから恋人ごっこでもしてるんじゃないの?」
俺がピアノの周りを回っていると、、、。 「はい、それまでよ。」って声が聞こえた。
 「まったく仲いいわねえ。 あんたたち。」 有村先生も何とも言えない顔をしている。
そんな雰囲気の中で新学期は始まったのだ。